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「べ、ベビー5さん…?」

土煙が未だ巻き上がる中、うっすらと見えた長いおみ足と、そしてその細い体には不似合いな程のいかつい銃器を抱えた黒髪の女性の姿がうきあがってきた。彼女はいつものようにタバコを口に咥えたまま、眉間にしわを寄せてドフィさんを睨みつけたかと思えば、私の存在にも気がつかずにいきなりハリウッド映画で出てきそうなロケットランチャーをじゃきりとならしたと思えば、突然先ほどのドアを破壊した時と同様、どかんとぶっぱなしてきたではないか。だというのに頭上でドフィさんの笑い声が聞こえてくるしでもう人生終わったと悟って大声を上げた刹那、どかーんという鈍い音と共に再び体が浮上した。ドフィさんの手が衝撃で一瞬私の腕から離れたかと思えば、直後の更に大きな衝撃と共に自分の右腕を誰かがぐい、と痛いほどに引っ張って引き寄せられる感覚がした。抵抗などできぬ状態で、もう何が起きているかさえ自分で把握することが困難であったし、視界が突如明るくなってそれから直様黒くなってブラックアウトするのをなんとかこらえるので精一杯であった。だいたいなんで爆撃を受けておきながらドフィさんは笑ってられるんだと冷静にそう思いながら、ぼんやり霞んでいく視界の中、突然嗅いだことのある香りが自分の背中を包んだのでうっすら目を開ければ、靄の合間の中から見たことのあるシルエットが浮かび上がってきた。

「みかん…!」

今まで聞いたことのないほどの焦燥しきった彼の声が聞こえたかと思えば、体中に柔らかな温度を感じてようやく目を見開けば、そこには想像以上にズームされた素敵な双眼が視界を覆っていたので、刺激が強すぎてある意味再び意識が遠のいていってしまうような感覚がしたが、ぐらぐらと頭を小刻みに揺さぶられたおかげで踏ん張ることができた。

「ろ、ロー、さん」

辛うじて返事を返せば、安心したように一息ついて私の頬をなでた。そこでようやく私はドフィさんの手から離れ、今はローさんに抱きかかえられているのだと理解した。彼はの頬からはすうっと一筋の切り傷ができていて、よく見れば腕からは血が滲んでいる。今しがたの爆撃のせいか、それとも以前できた腕の切り傷が今の衝撃で開いてしまったのかは定かではないが、慌てて体を起こそうとすると彼は私の方を抱いたまま話そうとはしなかった。やがて彼は私をゆっくりと座らせると、扉の方向に視線を上げてじろりと睨んだかと思えば舌打ちをした。

「ドフラミンゴを殺すのは勝手だが、もう少しきちんと見てから攻撃しやがれ。」
「………みかん?」

ローさんに声をかけられて驚いた声を上げてこちらにようやく視線を合わせた彼女ことベビー5さんは、私と視線を合わせた瞬間、加えていたタバコを落としそうになっていた。私が苦笑いを浮かべてどうも、と会釈をすれば今度は視線を立ち上がったローさんに合わせて苦虫を噛んだような表情を浮かべた。肝心のドフィさんはどうなったかと思って視線を後ろに向ければ、衝撃で随分後方に腰を下ろしていたが、こきこきと首を鳴らしたかと思えばゆっくりと立ち上がって少しだけむっとしたような表情を浮かべて私たちを見た。

「…どうしてこの子がここに?安全な場所にいるんじゃなかったの?」
「状況が変わった。取り敢えずこいつを頼む。あいつの始末は俺がやる。」
「ちょっと、勝手に決めないで。私だってつけなきゃいけない落とし前があるのよ…!」
「お前のせいでどばっちりを受けて危うくコイツは死にかけたんだ、いいから言う事聞け。」

突然始まった謎の攻防に首をひねりつつ、とりあえず何がどうしてベビー5さんはこのような真似をしているのか正直いろいろ考えた。確かにこの人前にもバイト先で果物ナイフ振り回しながらドフィさんに怒り狂ってたけど、まさか今回はロケットランチャーで攻撃してくるとは思わなかった。前回は恋人との中を引き裂かれただとか喚いていたけれど、多分今回も似たような騒ぎなのだろう。ただ今回は想像以上にスケールがデカすぎる。しかもこのタイミングでである。

「あの…ベビー5さんは、」
「みかん、とりあえずあの女についてろ。」
「だから、勝手に決めないで。それに、そんなに大事なんだったら自分で守りなさいよ。」
「………」
「みかん、けがはない?」
「私は、でも、ローさんが…」
「かすり傷だ。心配するな。取り敢えず、立てるか。」
「ええ…」

差し出された彼の手に手を伸ばして立ち上がろうとすると、よろけながらもなんとか彼を支えに立ち上がることに成功した。そのまま後ろを見れば、もうしっかりとした足取りでこちらに向かうドフィさんの鋭いサングラスが暗闇の中で光っていたので思わずローさんの背中の後ろに隠れてしまう。

「…どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって…ベビー5、今回はさすがの俺も許すわけには行かねえぞ…」
「それはこっちのセリフよ………恋人が失踪するのはこれでもう10回目…もう我慢できない…!私の恋路を邪魔しないで!私の幸せを奪わないで!」
「俺はお前の幸せを思っているからこそ好意のつもりだったんだがなァ。」
「馬鹿言わないで…っ全部、あなたのせいよ、」

まさかの衝撃事実の発覚にローさんと私はお互いにドン引きを隠さずにどん引いていたが、彼女もドフィさんも構うことなく舌戦をおっぱじめてしまった。最早蚊帳の外感も否めないが、恋人十人が失踪するだなんて確かにただ事ではないだろう。一体何があったんだ。ていうかべびー5さんも大概だが、ドフィさんもドフィさんで確かにすごい。類は友を呼ぶとは言うが、本当らしい。この組織、本当にやばい。

「もう我慢できない、これが最後よ…!」
「止せ、止めを指すのは俺だ。」
「もうみかんを取り戻したんならさっさと出てって!こっからは私と若様の問題なの!」
「ちげえよ。これじゃなんの解決にもなってねえし、終わってねえ。出て行くのはお前の方だ。」
「フッフッフッ、俺は先にどっちを相手にすりゃあいいんだ?」
「(ま、まさかの三つ巴……?)」

まさかの展開に思わずわなわな震えていれば、突如再びどかんという爆撃音と共にど束という足音が無数に聞こえたかと思えば、ベビー5さんが後ろを向いて突然銃を構えた。ローさんも足元に落ちていた小銃を手に取ると、そのまま後ろのドフィさんにも気をつけつつも、扉の向こうの得体の知れない何者かたちに注視した。先程からダウンしていて存在自体忘れかけていたセニョールが静かににたりと笑うのが見えて、そういえば先ほど無線で何者かと連絡をとっていたのを思い出して思わずローさんを見た。すると彼も思い出したのか静かに扉の向こうの無数の影に眉間にしわを寄せた。

「…もうお遊びはおしまいのようだな。」

ドフィさんの声が響いたかと思えば、扉の向こう側には見覚えのあるドフィさんの“お仲間”の顔がちらほら見えて思わずん生唾を飲み、背中には新しく冷や汗が吹き出した。皆ガラの悪い人ばかりだが、よく見れば呉で見たあの少女もいるし、その隣にはたこさんウィンナーを頬につけたいかついサングラスも……たこさんウィンナー…?

「…ま、ま●きよの店員さん?」

よく見ればいつぞやのマツキヨの店員さんもいるではないか。まさか彼もドフィさんの仲間だったとは不覚であった。彼は私に視線を送るなり静かに頷いた。たしかにいかにもただものではない感じはしていたが、まさかこの伏線だったとはとひとりおののいていたのも束の間、完全に私たちは正真正銘、袋の鼠状態になってしまったらしい。いまや彼らの敵となってしまったベビー5さんもこの状況はまずいと思ったのか、静かにロケットランチャーを向けたまま下唇をかみ、眉間にしわを寄せている。ローさんも額に汗をかいている。本当にまずい状況のようだ。このふたりがやばいというのに私など何ができようか。おまけにローさんは今腕に怪我を負っている。

「(……コラさん!どこにいるの!?)」

おもわず彼の腕をギュッと握れば、私の肩を抱く彼の腕の力も強まった。万事休すとばかりにジリジリと後ろから前から迫り来る恐怖にぎゅっと目をつむった刹那、突然背後から眩しい光が見えたかと思えば、凄まじい光がこのフロアーを照らし出した。思わず後ろを見れば、ガラス張りの外には溢れんばかりの二筋の光が見えた。凄まじい爆音が響いてきたかと思えば、ガラスの向こう側に映ったのは向こう側からこちらを照らすサーチライトであった。よく見ればあちら側のビルには無数の人影が見えるではないか。一体何が起き始めたというのか。しかし、驚く暇もなく目を凝らしてよく見ると、ガラスに人影が写っているのが見えて、思わず息を飲んだ。ガラスに人が張り付いているのだ。確かここは最上階であったはず。一体、誰だというのだということは、恐くこのフロアにいる誰もが思ったはずだ。しかし次の刹那。正面向こう側のビルから無数の赤い筋が見えたかと思えば、突然、男の声が響き渡った。

「伏せろォォォォー!ロー!みかんちゃあああああん!」
「「コラさん!?!?」」

なんと、外のガラスに張り付いていたのはまさかの彼、ドンキホーテ・ロシナンテこと、コラさんであった。確かに早く来てとは思っていたし、本当にどこにいるんだと心配していたが、まさかこのような登場を果たすとは夢にも思わず顎が外れそうになった。

「「本当にどこにいるんだッ!?」」

という私とローさんの鋭いツッコミもそこそこに、気がつけばぐいとローさんの腕に引っ張られて地面に体を伏せた瞬間、凄まじい銃声とともにガラスが割れる音が聞こえてきた。ガラスに張り付いていたコラさんの身を危ぶむ暇もなく、目を思わず覆うほどの光の中、しばらく無数の銃声が響いた。


2106.07.26.




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