29

学校へと行かなくなったローは、自然とドフィとの接触の機会が増えていった。ドフィはその頃からローに本格的に“英才教育”を施すようになった。ローは案の定、賢いがゆえに難なくドフィの期待を応えるように成長していった。俺はその都度危機感を募らせ、早くこんなところから離れるようにローに対する嫌がらせを激化させた。だがローは想像以上に頑強で、それどころかこちらに反撃を噛ますようになっていた。このころになるとガキはもうベビー5やバッファロー、ローの三人ぐらいしかいなくなっていたが、俺は結局最後までこの三人をこの組織からきれいさっぱり引きはがすことが出来なかったことになる。

「このままいけばローは間違いなくドフィと同じ破滅の道をたどる、そう思っていた矢先、事態は動き始めた。十年以上前、都内を震撼させるほどの報道がなされたんだ。九州にいた君は覚えているか分からないが…」
「報道?」
「ああ。大学病院の不正と手術ミスが週刊誌やテレビでマスメディアが大々的に取り上げたんだ。事の発端は、手術のミスが原因で亡くなったとされる患者の遺族たちが弁護士やマスメディアを巻き込んで病院を相手取り訴訟を起こしたんだ。
…中でも一番大きく取り上げられたのは、とある有名私立に通う小学生の男の子の診断だった。その子は死にはしなかったが、同じ学校の同級生から意識を失う程の外傷を受けたにもかかわらず、病院は故意に軽傷と診断し、男の子の通院記録さえなかったことにしようとした。男の子の両親が猛烈な抗議をして裁判も厭わないと通告すれば、男の子の両親の身辺に不審な動きが多発しだした。実際、その子のお父さんが何者かに集団リンチに遭ったり、謎の脅迫にあったりしたんだ。男の子の両親は疲弊し、やがて鬱になった。そんな中、刑事の捜査のメスが入って行ったんだ。」
「…その男の子って、まさか。」
「ああ。…その男の子は正しく、ローがやっちまった男の子だったんだよ。」

ドフィは裏社会では確かに顔は効いていたからちょっとのことでは揺らがない。だが、世間でこれだけ大々的に騒がれれば流石に身動きが取れずらくなる。今回は正規の大学病院も絡んでいる。日頃逮捕をしたくても明確な証拠がなくて手を出せないでいる警察や刑事にとっては願ってもないチャンスだった。病院の事件を皮切りに、いもずる式に捜査の範囲を広げようとして、着々と準備を進めていたのだ。

「それからはメディアが勝手に働いてくれたこともあって、俺はいよいよ得たすべての情報を持ち去って後は此処から離れればいいだけになった。逮捕云々は警察の仕事だからな。俺は逮捕に至るまでの確固たる証拠を提出し、彼らのサポートに徹すればすべて丸く済む話だった。…だが、どうしても、任務抜きで見捨てられない存在があった。」
「……ローさんですね。」

目の前の娘の言葉に静かにうなずいた。

「連日の報道で、ローはおのずと情報を集めて、事の様相を知ることになったが、その分、ショックはデカかった。何しろ、信じていた人間が自分や両親、大事な妹を苦しめていただなんて思わなかったんだろうな。ローはどうしていいか分からず、子供なりに錯乱しかけていた。ドフィはドフィでこんなことになってもローを手放すつもりはなかった。何しろ手塩にかけて育てたからな。何とかここから出ないように策を企てていた。それこそ、どんな手段も厭わないといった具合だった。まあ、いつも手段なんて択ぶような奴じゃないが。」

ドフィがローを拘束しようとしたその直前、俺はローに初めて口をきいた。初めて俺が言葉をしゃべったのを聞いて、酷く驚いたように目を見開いていた顔を、今でも鮮明に思い出せる。


馬脚を露す




「…お前、喋れたのか。」
「ああ。ロー、俺は此処から出ていく。お前も一緒に出ていくんだ。」
「…無駄だ。」
「無駄なんかじゃない、どさくさに紛れれば逃げれる。お前の親父さんたちもかくまってやるから、な?」
「あ、おいっ」

そう言って強引にローの手を取ると、そのまま駐車場のある地下へと走った。地下には自分の車が置いてある。捜査官を振り切るのと報道陣を巻くのに必死なドフィの幹部たちの目は今は俺たちには向いていない。今しかなかったのだ。転がる様に車に乗り込むと、シートベルトもそこそこにローを後ろに乗せて車を発進させた。地下から地上に出れば情報をかぎつけた捜査官たちの姿が見えた。フードを深くかぶり、できるだけ顔を曝さぬ様に注意を払いながら、ハンドルを切る。

「おい、どこ行く気だ!?」
「お前の家だっ、妹さんと両親を迎えに行くんだ!」
「本気なのか!?」
「ああ、本気だ。胸ポケットに俺の携帯がある。これは捜査用の携帯だから発信してもあいつらに居場所はばれはしない。それで今から行くと伝えろ!早くしろ!」
「…捜査用?何なんだ、一体、」
「いいから早くしろ!」
「、」

言えば困惑しながらも、ローは此方に身を乗り出して俺のシャツの胸ポケットから二つ折り携帯を取り出すと、そのまま通話をした。ぼそぼそといくつか話をした後、ローは電源ボタンを押した。家族の声を聴いたためかいくらか安心したような顔がバックミラーから見て取れた。後ろからは追跡してくる不審者は今のところ見えない。ローは俺の携帯をフロントに置くと再び静かに後部座席に落ち着いた。

「…報道陣が居て、正面玄関は無理らしい。裏口にも人間が居るから、隙を見て家の近くの並木通りの交差点で待ってるそうだ。……いいか?」
「わかった。そっちの方がすぐに車を出せて都合がいい。」

きっと親父さんが機転を利かせたのだろう。悲劇の人物が、今や重要参考人となったローの両親、そして当事者であり被害者であるこの少年。歯車が狂い過ぎて正直修正がきくか分からないが、第三者が何とか働きかければ、この破滅しそうだった家族を掬えるかもしれない。できることなら、俺の家族のように崩壊させたくなかった。まだ誰一人死んでいないのだから、何とかなるかもしれない。確証はないが今の自分にはそれが任務を抜きに重要であった。

「……俺たちを連れて、どこに行く気なんだ?」
「お前の故郷にいったん帰る。」
「知ってるのか?」
「ああ。お前の故郷も、親父さんやお袋さんの故郷も、出身校も、家族構成も、人間関係も、一通りな。」
「…一体、何者なんだ。」
「俺は……、あ」

視界に見慣れた人物が見えて思わずハンドルを握る手がこわばった。交通量の多い都内の大通りにもかかわらず、人目もはばからずこちらに向けられた銃口。こちらを向いてニタニタ笑う男の顔が二つ。

「トレーボル、ディアマンテ…!」
「なんであいつ等がここに…!?」

もうこうなってしまったら仕方がないとそのままあいつらを轢き殺す勢いで車を加速させたが、あいつらは臆することなく自分たちの乗る車に向かって発砲した。

「ロー!伏せてろ!!」
「っ、」
「クソッ…!」

ハンドルを切り何とか逃げ切ろうとしたが、あいつらの球が数発タイヤに貫通し、見る見るうちに車が減速していった。そして、二人のいる場所から大きくそれて、車は蛇行しながらそのままスリップした。大きな衝撃が乗車していた俺たちを襲う。後ろに続いていた車も流れ弾が当たったものもあれば、玉突き事故のように連なって止まった。車はガードレールに突っ込み、そこで止まった。まずい、そう思った刹那、がんがんとガラスを壊そうとする音とともに大きな衝撃が再び車を襲った。辺りは粉塵でかすんでよく見えない。ひび割れたフロントガラスがぼんやりした世界で見えた。ゴーゴーいう音の中で、幽かにバイブレーションが鳴る音が聞こえた。ジンジンする額を手で押さえれば生温かな液体の感触がした。無意識のうちに形態に手を伸ばし、通話ボタンを押した刹那、右側で数発の銃声がしたかと思ったのち、俺の乗っていた運転席のドアが開いた。未だ事故の衝撃で朦朧とする意識の中、ずるりと勢いよく引きずり出されたかと思えば、今度は思いっきり頬に衝撃が走り、気が付けば自分の体がコンクリートに叩き付けられていた。

「がっはッ…!」
「よくもひき殺そうとしてくれたなァ、“コラソン”?」
「……はあはあ…。今更何のつもりだ、今ここで俺を殺しても、もう手遅れだぞ…」
「はッ、裏切り者が効く口とは思えんな。」
「あッ…!」
「それから、それはこっちの台詞だ。お前こそ、今更なぜ俺たちの邪魔をするんだ?」

衝撃が数発腹に打ち込まれる。そのうちに手で握っていた携帯が手から落ち、そしてそれをディアマンテが足で踏みつぶした。顔を顰めればにやりと笑われ、もう一発眉間に食らわされた。その場に居合わせた一般市民から悲鳴が上がり、場が一時騒然とする。ちらほら、映画の撮影か何かか、いや、事故だ、男が暴行を加えているぞ、などと言う声が聞こえてきた。このままでは一般市民にもこいつらは手を上げるかもしれないとそれが脳裏によぎった刹那、聞き覚えのある声に思わずはっとした。

「はなせっ…!」
「べへへへへ、こんなところにいたのか、ロー。」

思わず痛みを忘れて視線を越えの方向へと上げる。そこには首根っこを掴んで後部座席からローを引きずり出そうとするトレーボルの姿があった。

「ローっ!」

声を張り上げれば腹を蹴られて、血が口から吐き出された。ローはそれを見て顔を青くさせた。トレーボルはローを拘束したが、ローに危害を加えるつもりはないらしく、そのまま抱えて身動きを封じていた。

「やめろ!これ以上したら、死んじまう…!」
「当たり前だ。裏切り者の始末をつけろと言われたからな。」
「裏切り者はそっちだろう!今までだましやがって!」
「ああ?」
「よせ、ドフィはローを傷つけるなと言ったんだぞ。殺すのはそいつだけだ。後は任せた。」

トレーボルはディアマンテにそれだけ言ってそのまま俺たちが来た道に向かって歩き出した。

「こ、……コラさん!コラさんッ!」
「待ってろ!ロー!いま、助けに行くからな…!」
「…コラさん…!」

意識が朦朧とする中、俺の名を呼んで遠ざかる少年の顔に思わず唇をかむ。結局自分はあの時と同様、置いて行かれるだけなのか。悔しさと不甲斐なさで思わず目の奥が熱くなる。

「その様でどうやって助けに行くつもりだ?」

頭上でにたりといやらしく笑う男が見えた。まだ終わっていないのに勝利を確信したかのようなおごり高ぶった姿に思わず笑いがこぼれた。そうすればディアマンテは分かりやすく眉間に皺を寄せた。

「じゃあな、“コラソン”。」

男が足を振り上げた刹那、思わず目を瞑ったが、数秒、数十秒経っても衝撃が感じられず、思わず目を開ければ、そこにいるはずの人影が見えなかった。

「……な、」

かわりに見えたのは自分が倒れこんだ路上で白光のする靴と、長い脚、黒くうじゃうじゃとした髪の毛にそして特徴的なアイマスクがみえた。

「…あーらら、こんなに派手にやりやがって。始末書どころの騒ぎじゃねえぞ、こりゃァ」
「……青雉さん。」
「ああ、まだ意識あったのか。相変わらず運いいんだか悪いんだか分かんねえな、お前。」

そこには見覚えのありすぎる我が上司の姿があり、相変わらずこちらに配慮のない言葉で言いたい放題述べると、それからいつものようにマイペースに歩き始めた。駆けつけた仲間が二人係で俺を抱き上げ、立たせると、大丈夫かと問いかけたので首を縦に振った。視線を逸らせば、車をぶつけたガードレールの方に、先ほどとどめを自分に刺そうとした男ががめりめりと食い込んで意識を手放した状態で転がっているのを目撃したので、やはり青雉はこれでも一応上司なのだということを再認識した。

「おまえ、全然電話にでねえしさァ。俺が電話すんのすげえ貴重だから、1コール以内に出ろって言ってんだろうが。」
「…流石にワンコールは鬼畜っす。こんな状態でしたし…」

何とか一人で立ち上がれるのを確認すると、上司に続いてよろよろと歩き始めた。ローを助けなければ。血のたりない頭でそれだけが今の原動力だったが、前方の粉塵の中から複数人の機敏な動きを見て、上司ともども足を止めた。機動隊のような恰好をした武装隊員たちが姿を現し、そのうちの一人は子供を抱きかかえていた。

「ロー!」
「コラさん、大丈夫か!?」

間違いなく、その子供はローだった。ローは俺に駆け寄ると容体を訪ね、ひどく混乱していた様子だったが、俺がニコリと笑えば少しだけ安心したように笑った。

「で?もう一人はどうしたんだ?」
「すみません、逃がしました。しかし、一人で逃げるのがやっとと見えて、この子供を置いて逃げたので、彼を保護しました。」
「あー、ま、いっか。どうせ報告はこいつに任せるし。」
「え゛っ、俺一人でですか!?」
「当たり前だろ。お前がメインの任務だったんだからな。俺はあくまでサブだ。」
「……はい。」

先ほどよりも分かりやすく脱力感に襲われて思わず倒れそうになったが、何とか気を張ると、ローを抱きかかえて歩き始めた。

「報告の前に、この子と家族を保護します。…いいすか?」

そう言えば青雉さんはうーん、といいんだか悪いんだかよく解らない顔をした後、あとでこの件の始末書ちゃんと書けよ、と一言言ってそのまま騒然とする事故現場の方へと歩いて行ったので、一礼するとそのまま前へと歩き出した。







「それから、事態はどうなったんですか?」
「ああ、なんとか始末書は出せたし、報告もしたよ。」
「そ、それはよかったですね。」
「おかげで停職処分7日だったよ。まあ、うん。怪我してたし逆に良かった。その後はローたちを保護して、何とか彼らの故郷へと返したんだ。ローたちは何とかそこでまた勉強も受け始めたが、やはり心の傷は深かった。だから俺は兄弟をよく連れまわしては、ここに連れて来たり、遊ばせたりやってたんだ。両親も身の潔白を証明した後、すこし落ち着いてから地元で開業することになった。もう都内に戻る気はないみたいだったよ。あんなことが起きた後だからな。」
「ドフィさんは、捕まってないんですよね…?」
「ああ。残念なことに、ドフィの影武者と幹部の一人、ディアマンテがつかまって、結局事態は収束を迎えた。大学病院のやぶ医者どもも訴追され、ファミリーはそれでも半数は何らかの形で逮捕、あるいは拘束された。それから数年はローたち家族にも穏やかな毎日だった。ローは地元の中学に入学し、そして医者を目指して真面目に勉強をしていた。成績は優秀だったし、仲のいい友達にも恵まれて、ようやく子供らしく笑うようになったんだ。そして15を迎えたその時、ローは自分で自分の人生にけじめをつけようとしていた。」
「けじめ?」

そう言えばコラさんは私を見て小さく頷いた。とても穏やかな表情だった。


2016.02.13.




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