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「そうそう。無事引っ越し終わったから。今度から荷物は新しい住所に送って。うん、ママもね。体には気を付けてね。あ、あと今度ジャガイモと人参送っといて。もうなくなりそうだから。あとついでに梨もね。うんありがとう、またねー。」


携帯を閉じるとごろりとそのままソファに倒れこむ。天井を仰げば清潔感漂う白い天井が私の視界に現れて思わずにやにやが止まらない。つみあがった段ボールをみるとやる気がそげるが、今はそれ以上にマンション暮らしというステータスに舞い上がっている。ああ、そう言えばドフラミンゴさんにも連絡しなきゃと電話をかけたがつながらなかったのでたぶん忙しいのだろう。留守番メッセージを入れると、今度はお隣さんへのあいさつ回りである。聞いたところによるとこのマンションにはドフラミンゴさんに縁のある若い人たちが住んでるらしい。まあこの辺は学生街なので若い人が多いのは不思議ではあるまい。とりあえず無難に伊●丹で買ったフェイスタオル詰めのセットと、引越し前に親が送ってきたお蕎麦のセットを携えて挨拶すればやな顔はされないだろう。

「いい人だといいなー。そうでなくとも変な人じゃなきゃ付き合いが無くても全然いいや。」

大きく伸びをしその辺においてあった伊●丹の紙袋数個を取るとエプロンと頭巾を脱いだ。先ほどかけた壁掛けの時計は午後四時半を指している。まあ、今日は日曜日であるし運が良ければ家にいらっしゃるだろう。化粧は簡単にしてあるし、これでいっかと玄関に向かった。







ピンポーン、と軽快な音を鳴らす。自分の部屋から左隣の角部屋が最後の挨拶の部屋だ。運よく右隣、そのまた右隣の方はいらっしゃったので挨拶が出来た。右隣の人はドフラさんの部下であるよく知るベビーファイブさんなので簡単に挨拶を済ませ、一応一通り同じフロアの方には一言声を掛けた。そして最後に残ったのが右隣の角部屋であったわけである。

「(トラファルガー……であってるよね?)」

trafalgarと書かれた英字のかっこ良さげな書体の表札を凝視する。そう言えばさっきベビーファイブさんがローはなんやかんやと言っていたのだが、この人も恐らく彼女の知り合いらしいので害のない人ではあるだろう。

「いないのか。」

念のためにもう一回押すも反応がないので、恐らく今いないのだろう。まあ休日だからと言って私のように引きこもっている人ばかりではない。アウトドアーな方なのかもしれない。面倒だが明日以降に出直すか。そろそろ夕飯の準備もしなきゃだし。

「……誰だ。」

と思って帰ろうとした矢先、低いテノールに思わず肩を揺らす。声の方向を向けば鈍く光る鋭い瞳とぶつかった。はじめ夕方の薄暗がりにぼんやりと見えていたのが、直後点灯した廊下の照明によってその男の容姿が鮮明に浮き上がった。

「」

自分とは比べ物にならぬほどのモデル並みに手足の長い長身で、幽かに心地の良いフレグランスの香りがする。来ている服はTシャツにパンツともこもこのキャップと随分カジュアルだがどことなく落ち着いた雰囲気があり、それが恐らく実年齢よりも大人っぽくて何を考えているか分からぬ印象を受けさせた。恵まれた肉体をもつというのにあまり健康体には見えず、クマはくっきりだ。左手には買い物をしてきたらしく彼にはあまり似つかわしくない買い物袋と偶然の一致か伊●丹紙袋を持っている。買い物袋からはフランスパンが頭を突き出していた。フランスパン確かにこの人似合うわ、とぼんやり思った。もう片方の手には家の鍵が握られており、キーホルダーには可愛らしいシロクマのぬいぐるみが付いている。

「……クマ?」
「あん?」

男は気怠そうな視線を此方に向けると、わずかに隣の部屋を見て、すぐさま察しがついたのか、ああ、と言って一人納得すると再び私を見下した。

「隣のやつか。」
「あ、はい。今日から越してきました。那津みかんと申します。」

つまらぬものですが、と言って紙袋を彼の前にずい、と差し出すと、彼はどうも、と一言ぶっきらぼうに言った。淡泊な反応に見えるが、他の方も案外こんな感じの反応だったし、正直マンションではこんなもんなのだろう。

「よろしくお願いします。」
「ああ。」

そう言えば彼は、ああ、と言って私の横を通り過ぎるとまた、と言ってそのままぱたんと扉を閉めた。まあ、田舎と違って都会のヤングはこんなもんか。あ、お蕎麦早めに食べてくださいと一言添えるのを忘れたが、まあ、いっか。そう思って踵を返そうとした瞬間、突然また目の前の扉が開いたかと思えば、隈の濃い目と再び交わった。おどろいて、おお、と思わず声を上げる。

「乳製品アレルギーあるか?」
「え、いいえ。アレルギーは特には、」
「そうか。」

私がそう言えば彼はずい、と私の目の前に見慣れた伊●丹の紙袋を差し出した。私が差し出したのよりも小さい紙袋である。

「あ、済みません、ありがとうございます。」

咄嗟に感謝を述べれば、彼はふっと口角を上げて、そのまま扉は再び閉じられた。暫く紙袋を見たまま動けなかったが、遠くから五時を知らせる夕焼け小焼けが聞こえてきて我に戻ると、新居に還ろうと足を動かした。



灯台下暗し




まさか自分の身近にイケメンが現れるとは。


執筆 2015.09.07.




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