27

常々思うことなのだが、いつもクールで何にも動じそうにない顔で生きていそうな人ほど、存外数奇な人生を送っていることが多いと思う。きっと彼も、そして目の前の男性も、そう言う部類の人間なんだと思う。



天地に仁なし





「ローの親父さんとお袋さんが大学病院を追われる様にして出て行ったのはローが中学に上がる前のことだった。あの頃は皆がみんな、疲れた顔をしていたよ。相当参っていたんだと思う。」
「何故、両方とも優秀そうな人なのに、追われることになったんですか…?」
「その大学病院が隠ぺいしていた術式の際のミスや汚職を見過ごせなくなったローの両親が内部告発を企てていた。もちろん自分たちが訴追されるリスクもあるが、そのリスクを背負ってまでそうしようと思ったんだ。だが、病院側も黙ったままではいられない。だから、あの家族にとって厄介な奴らと手を組んで、内部告発を全力で阻止しようとした。」
「“厄介な奴ら”?」
「そうだ。それが君のマンションのオーナーであり、俺の兄である、ドンキホーテ・ドフラミンゴだった。あいつはその頃から、ローに異常な執着を見せていた。ドフィはローがガキの頃から一目置いて可愛がっていたんだ。俺は訳合ってその頃ドフィと行動を共にしていた。だからドフィがどれほどローに執着していたかよく解る。確かに、あの頃のローはどちらかと言えばドジばかりする俺よりも、ドフィに懐いていた。」

余りの衝撃な事実に話の開始早々思わず口元を手で覆ってしまったが、コラさんは別段驚いた様子もなく至って落ち着いて話を続けた。とりあえず気持ちを落ち着かせようと、もう湯気のない紅茶のカップに手を伸ばしたが、寸でのところで口に付けるのをやめた。やけに静かなリビングに彼の低い声だけが反響し、異様な空気が余計に際立った。

「ドフィは恐らくローの才能を見込んで、組織の次の後継者にしたかったんだと思う。当時から数多くの部下がドフィにはいたが、ローはその中でもガキのくせして妙な落ち着きはあったし、生意気だったが頭の回転は速かった。このまま自分の分身のように育てれば、分身とまではいかないが自分の予想通りの人材が育つと思っていたんだろうな。」
「どうしてローさんはドフィさんとつながりを持ったんですか?」
「さっきも言ったように、最初のターゲットはロー自身じゃなくローの親父さんたちだった。だが両親と接触するうちにローの存在を知ったんだ。
勿論、その当時自分たちを苦しめ窮地に追いやっていた真犯人をローは知る由もなかった。その辺はまだあいつもガキだった上、今までシンジケートだとかとは縁のない生活をしていたから、まあ無理ないだろう。ドフィは其処をついて、ローに少しずつ接触を図り、あいつが道を踏み外すようにけしかけたんだ。
大学病院で居場所を失くし、近所でもあらぬ噂を流され、日を追うごとに疲弊していく両親を見ていくうちにロー自身もだんだんと精神が廃れていった。あいつの通っていた私立の進学校でも嫌な思いを散々したと思う。なによりもローが許せなかったのは同じ学校に通う妹がいじめられることだった。そしてとうとう、恐れていた事態が起こってしまったんだ。」







『どこか行くのか』
「…まあな。おもしれえことが起きたらしいからな。お前も来るか?」

コラソン。そう言ってサングラスの奥の目を細めた男に少しだけ怪訝そうに眉を潜めたが、一泊置いてこくりと素直に頷いて男の背中を負った。

「そういやァ、お前ェまたローの奴に手ェ出したらしいじゃねえか。」
『…………』
「もうあいつに手ェ出すのはよせ。ローは俺が手をかけてやることにしたんだ。余計な真似は済んじゃねえぞ。」

カツカツと新品の靴を鳴らしてそれだけ言うと実の兄、ドフラミンゴは靴に負けないほどに黒光りする車に乗り込んだ。俺もそれに続く。サングラスの奥の表情は確かではない。だがここまでドフィがローに執着する理由がいまいち掴めなかった。正直、今回の病院の事件が無ければローとドフィは全く接点のなかった人間だ。神の悪戯か、それともこれは運命なのか。どちらにせよ自分は此処でこいつらの情報を収取しながら道を踏み外そうとしている子供に対して嫌われようが殺されかけようがなんだろうが殴ってでも追い返すのに必死だった。ローもその一人だった。あいつは賢い、そのうちこんなアブねえ奴らなんかとは離れていくだろう。この時まではそう思っていたのだ。

『目的地は?』

ぺらりと紙で質問を投げかければ、優雅に隣で足を投げ出していたドフィはふん、と言ってこちらを見ずに口を開いた。

「学校だ。」
「?」
「ローの学校だ。その学校のガキが一人意識不明で大学病院に運ばれたそうだ。今、ローは職員に拘束されている。」

そう言ってにやりと隣の男が笑ったので、刹那、ひやりとしたものが背筋を伝い、胸騒ぎがした。思わず喉を鳴らしそうになったが、努めて冷静を装って目の前の景色を見ていた。運転手は何事も無かったかのようにスムーズにローの学校への道のりを走っていた。ちらほら帰りの小学生たちが見える。きっとローと同い年くらいの子供たちだろう。彼らの被る帽子にも見覚えがある。ついにローの通う学校の煉瓦の外壁が見えて来たかと思えば、車は裏門を通り中に侵入していった。裏口にある職員玄関には職員らしきダークスーツを着た初老の男が立っていて、車を見た刹那すぐさまこちらに向かってきた。扉を開けて外へと出れば、目の前には静かな校舎がそびえたっていた。放課後の橙色に染まった綺麗な校舎は子供の頃の憧憬を思い起こさせた。放課後の割には学校はひっそりしていて、それが酷く違和感を感じさせた。

「こちらです。」

浮遊していた意識を現実に引き戻したのは男の声だった。ドフィは既に校舎の中へと足を運んでいて、彼の着ている奇抜なスーツがこの学校の校舎になじまず酷く滑稽に思えた。男の案内で二階まで行くと、何やら会議室と思しき扉の前に誘導された。中は定かではないが、間違いなくここにはあの子が居るのだろうという感覚はあった。

「………ロー。」

がちゃりと開け放たれた扉の奥から飛び込んできたのは椅子に座って静かに背筋を伸ばす少年と、目の前でそれを取り囲む数人の大人であった。少年は別段感情を見せる様子はなく。ただうつろな目で目の前を見ていて、こちらに見向きもしなかったが、やがて廊下から入ってきた俺たちの顔を見て少しだけ目を大きくした直後、無表情に戻った。先生たちは俺とドフィを見て困惑を隠すことなく互いの顔を見合っていた。

「ロー、お前は先に車に行ってろ。下に待たせてある。いいな。」

ドフィはそれだけ言うとずかずかと前に進んだ。ローは「ああ」、と小さく一言言って椅子からおりると、俺の横を通ってずかずか廊下へと消えてしまった。残された教員たちはローを引き留めようとしたが、それを阻止したのは初老の男だった。

「いい。行かせてあげなさい。後の話はこの保護者の方がしてくれます。」
「校長、どういうことでしょうか…?」
「いいから、聞いてください。」

初老の男性は間違いなく校長であったということがここで証明されたが、どうやら教員同士でもいまいちかみ合っていないらしい。その間もドフィは先ほどまでローが座っていた椅子にどっかり腰を下ろすと踏ん反りかった。スリッパも履かずに土足のままに侵入してきた突然の来訪者に教師たちは動揺を隠さずにこちらを凝視していた。そのような最中、ドフィはいつものようにニタニタとした調子で口を開いた。

「まァ、そういうことだ。この件は一切俺が引き受ける。おまえら“センセイ”はこれまで通り楽しく子供たちに“お勉強”を教えてやってくれ。」
「あの…貴方は?トラファルガー君のご両親ではありませんよね?」

そう問いかけたのは右側にいた女の教師だった。四十代くらいだろう。見てくれは厳しそうだがしっかりしていそうな女性だった。ドフィはそちらを向くといつものようにニタニタした表情は崩すことなく口を開いた。

「アンタがローの担任か。」
「…そうですが。」
「そうか。そりゃよかった。いい機会だからはっきり言わせてもらうが、俺はローのお目付け役みたいなもんだ。肉親は今家庭の事情で出れねえんだ。」
「では、今回の件はあなたがお聞きして下さるということですか?」

教師たちは困惑したように校長を見たが、校長は無表情のまま黙っていた。異様な空気が会議室に漂っていた。壁を見れば時間割や清掃の心得など実に小学校らしい風景が広がっていて、俺とドフィは明らかに場違いな人間であることをひしひしと肌で感じた。だがドフィはそんなことはお構いなしに文字通り土足でここに侵入したのだ。

「安心しろ、話はもう校長の方から聞いている。ローが殴ったガキももうローの両親が居る大学病院に運ばれたんだろう?命に別状はねえし、何が問題だっていうんだ?」
「向こうの親御さんはお怒りなのです。学校の責任問題にもなりますし、トラファルガー君だって何か理由があって…」
「あったとして、何だっていうんだ。アンタが止められるほどの問題でもねえよ。」

一際腹の底が冷えるような声が会議室に響いた。こちらも威圧される様な声色で、思わず聞いていた此方も緊張が走る。ここまで来ると教師たちも目を伏せて呼吸さえも困難なように明らかに顔を青くさせていた。最後までドフィに向かおうとした女性教師も、自分たちが一体何を前にしているのかようやく分かったようで、目を赤くしながらただそれ以上は何も語らぬまま、口を閉ざしてしまった。自分としても何とかしたい事態であったが、今はこれ以上問題が明るみに出る前に引いてもらった方がこちらとしても都合がよかった。今のタイミングで問題が起きてしまえば今までの情報収集が水の泡だからであるし、効果的な打撃をドフィ達組織に与えることが、叶わなくなってしまう。

「そう言うことだ。安心しろよ。向こうの“親御さん”には俺の部下が“挨拶”をしに行っているからなァ、何の問題もねえよ。」

フフフフ、と独特の笑い声を上げ、彼は立ち上がるとそのまま会議室の扉に向かって歩き始めた。もう誰も話をしようとはしていなかった。

「行くぞ、コラソン。」

有無を言わさぬ我が実の兄の声に今の自分は静かに従うよりほかなかった。


2016.02.11.





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -