19

高速から降りて十分ほど長閑な車道を走る。ここまで来ると窓を開けて良いというお許しが出たので早速開けてみる。やや都会っぽさと、田舎の雰囲気が両立する地方都市ならではの景色だ。そのまましばらく車を走らせればやがて景色は緑が多くなり、そして次第に車の中に潮の混じった匂いが満ちてくる。

「(………呉、)」

通り過ぎた看板を見てぼんやり思う。かと思えばしばらく経つと視界にキラキラしたものを捉えたかと思えばそれは間違いなく海の水面である。山道から見える青が空の青とつながっているようで大変美しい。自分の育った実家を思い出すような景色に思わず胸が高鳴る。ローさんといった海も大変楽しかったが、実家のある島の海よりも海の色が灰色で、全く底が見えずちょっと残念であったのだが、流石にここの海は違うようである。

「ここ、実家近いです!」
「そうか。何処なんだ。」
「私は九州なんです!」
「随分遠いな。」
「そうなんですよー。」
「目的地はあともう少しだ。」
「はい、」

長いトンネルを抜けて、海の香りを感じながら山の方へと進んでいく。大通りから外れて細い道に入り込む。もう完全に山の中へと入っいたのか、舗装されている山中の道をゆったり車は行く。木漏れ日に照らされた道に青々し繁った夏の木々。とても涼しくて、時折かすかに潮の湿り気を帯びた風が森を通り抜けていく。もうこの時期で蝉の鳴き声がするが、想像以上に静かな雰囲気である。道を通り過ぎる際に一、二件の木造の家のようなものが見えた。そしてようやく車は奥の一件の木造コテージの前で止まった。

「ついた、降りろ。」
「はい、」

言われてシートベルトを外し、とにかく一旦外に出てみる。凝り固まった肩をほぐし、深呼吸をする。森のいい匂いが肺を満たして、ここに立って居るだけで森林浴になる。若木や巨大な根を持つ大木もある。虫は存外気になるほどでもないし、家屋の周りには木も切られていて虫の心配もなさそうだ。

「ジブリみたいな場所ですね。」
「ああ、そうだな。」

後ろでローさんは車から荷物を下ろしていたので私も手伝うも手伝う。鳥たちの声が絶えず聞こえる。なんだかいつか夢見たおとぎ話の世界のような不思議な場所である。家はひっそりとして人の気配はないが、定期的に手入れは施されているようで、日に焼けた木目がいい味を出しつつも清潔感がある。二階建てで、一階は大きな窓がついていて、今はカーテンで締め切られているが、開けば中が丸見えになるだろう。ツーリングで行く予定だったコテージに比べれば随分こじんまりとしているが、味わいがある。

「おしゃれー。ローさん家のものですか?」
「いや、知り合いのおじのだ。妹と一緒にガキの頃よく連れてきてくれたんだ。今はもう一人で来ることが多い。余りほかの奴は連れてこない。」
「そうなんですか…」
「心配するな。あいつらもここまでは来ない。」
「なんで分かるんですか?」
「ここはあいつらにとってあまりいい立地じゃねえ。会いたくねえ奴らもたくさんいるからな。」
「よくわからないけど、それは有難いです。」

ローさんはポケットから鍵を取り出し扉を開けた。木造特有のいい香りがする。中も案の定整然としている。

「おじゃましまーす。」
「寝室は二階だ。荷物はそこに置いておく。」
「すみません、じゃあ私はこれを冷蔵庫に入れてきます。」

サービスエリアで買出ししたスーパーの袋を持って先にキッチンへと向かう。リビングに入り、少し奥へと行けばお洒落でシンプルなアイランドキッチンがあった。冷蔵庫はまるで海外のドラマで見たような銀色の大きな冷蔵庫である。戸棚には可愛らしい食器が並ぶ。荷物をしまったらお茶をいれようと算段しつつ、冷蔵庫を開ける。

「…ありゃ」

空であると決めてかかったためか、中に新鮮そうなお肉や魚の姿を捉えて思わず声を上げる。

「どうした。」
「あ、あの、このお肉とか魚って…」
「肉?」

二階から降りてきたらしいローさんがこちらに来たので訪ねてみれば、彼は冷蔵庫の状況を見て、彼も少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐさま思い当たるフシがあるのか頭を掻いた。

「…コラさんか。」
「はい?」
「いや、知り合いのおじが差し入れたらしい。食っていいぞ。」
「はあ。」

ローさんはリビングに向かうとソファに座って息を吐いた。長距離を運転したからすごく疲れたのだと思う。申し訳ないなあと思いながら、買ってきたアールグレイの紅茶を淹れる。私もとなりにちょこんと座る。開け放たれた窓の隙間から風が入り込んで心地が良い。

「ローさん、ここにしばらく身を寄せるんですか?」
「ああ。上手くいけば数日。取り敢えずそんな長くはならねえようにする。お前もバイトがあるだろう。俺はここを空けることがあるかもしれないが、その時はおじが来る。いい人だから心配するな。」
「…その、ローさんは何しに行くんですか。」

背中をソファに預けていた彼は私の問を耳にすると目を横にして私をちらりと見た。思わずドキっとするも平常心を保つよう努める。

「なるべく言うよう約束したんだっけな。…会いにいく。」
「誰に?」
「ドフラミンゴに。」
「ドフィさん」
「あいつがこのおふざけの元凶だ。」
「(やっぱりそうなんだ…)でも、その、危なくないですか…?」

ちらりと彼の右腕を見てしまう。彼はそれに気づいて左手で右腕に触れた。

「大丈夫、とは正直言い難いだろうが、俺も何の策もなしに行くわけじゃねえ。殺されるわけじゃねえから心配するな。」
「でもやっぱり心配ですよ…それにドフィさんの目的って何なんですか?それって私も関係あるんじゃ…」
「…標的は俺だ。でなけりゃ現時点でお前にも直接的な被害があるはずだ。だがそれがないだろう。だがどばっちりを受ける可能性もあるねえ、そう思ってわざわざ車を走らせたんだ。とにかくここは安全だ。お前を傷つけないようにここまで連れてきたんだからな。」
「え、そうなんですか?」
「当たり前だ。最初から一人だけならこんなところに来るわけないだろう。」

そうだったのか、てっきり危ないから来たんだと思ったと思わず驚きを隠せない。彼は相変わらず飄々とした様子でティーカップに口をつけると、ぬるい、と一言宣った。

「(心配だし、できることなら私も行きたいけど、きっと足でまといになるんだろうな。私ドフィさんのあらゆる面で勝てる自信ないし、ていうか結局核心的なことはローさんも教えてくれないし…もうモヤモヤするう!)」
「…………。」

ティーカップをソーサーに戻してうつむいて悶々として黙っていた私にローさんは視線を送ると、何を考えたのか、彼は何を思ったのか、何事もなかったかのように体をよじると隣に座る私の方に体を倒して自身の頭を私の膝に預け、そのながーい御御足をソファに投げ出した。俗に言う「膝枕」という状況である。

「わっ!」

と声を上げれば彼は可笑しそうに笑ったかと思えば目を閉じて好き勝手に一休みを始めてしまう。

「随分色気のない声が出せるもんだな。」
「ちょ、ちょ、ローさんどうしたんですか?」
「運転して疲れた。少し横になる。」
「あの、そこクッションじゃなくて私の膝なんですが…」
「知ってる。」

なるほど知ってたんだー、なんだーとそうは問屋が卸さない。というか私の心臓が乳酸の出過で死んでしまう。たっけて。というよりもこの人昨日から、いや一昨日の負傷事件の日から急にパーソナルスペースが狭まったきがするんだけど本当に何があったんだ!とドキドキで手に汗が止まらない。

「あ、の」
「それにしてもいい抱き枕だな。肉付きがよくて助かる。」
「それは褒め言葉ですか?それとも侮辱してます?」
「安心しろ、褒め言葉だ。」

くつくつ喉を鳴らしながらその手で私の膝をさする。時折ふむ、とか言いながら太腿の肉をつまむのは許しがたい。破廉恥というよりも私を怒らせにかかっているように思えなくもない。そりゃあ筋肉質な人からすれば脂肪の塊なんぞ珍しい代物でしょうね。ていうか久々に膝枕なんぞやってだんだん足が痛くなってきた。いや、私にとっては何だかんだ役得ではあるが痛くなってきた。

「…すみませんね、肉肉しいブタ娘で。」
「そこまで言ってねえだろうが。予備軍てとこだから安心しろ。」
「結局予備軍ではあるのか。安心できない。」

窓の外では正午を迎えた長閑な森林の風景が広がっていた。りすとか狐とか出てきそうな雰囲気である。

「…………。」

ローさんが黙ってまぶたを閉じられたので、話しかけることもできず沈黙を守ったまま手持ち無沙汰になる。お腹の方に体を横にしてスースー息をするローさんを見ていると本当に寝たのか先程と同じく狸寝入りなのか、それともちょっとした一休みなのかわからなくなる。そろそろ膝と私の心臓が限界に差し迫ったとき、ローさんはまぶたを開けるとようやくゆっくりと起き上がった。起き上がった際にローさんのとてもいい匂いがした。

みかん、携帯借りていいか。」
「ああ、はい。」

そういえばローさんはスマホをどこかで落としたと言っていた。しっかりものの彼にしては少々珍しい気もするが、言われた通りポケットに入っていたスマホを手渡す。そして彼は何やら操作をすると、通話するのかリビングをあとにした。残された私は急に空腹を感じてそういえばもう昼食時だと思ってキッチンへと向かう。いくらものをあまり口にし無い彼とてきっとお腹すいてるはずだ。







「マンションの方はペンギンたちに任せてある。部屋に届いた荷物はあいつらが預かるように言っておいたから心配するな。」
「おお。ぬかりありませんね。」
「まあな。一応みかんのことも変わりないと伝えてあるが、心配してるだろうから後で連絡ぐらいはしてやれ。」
「はい、そうします。(確かにペンギンとシャチ心配してそう。ラインの電話の着信履歴すごかったもんなあ。出るタイミング失ってた。)」
「それから万が一俺が不在で何かあったらおじに連絡しろ。」
「おじさん、ですか。」
「ああ。さっき登録しといた。ロシナンテ≠ナ登録してある。」
「ロシナンテ、(誰ぞ)」

昼食を終え皿洗いを終えると、事のあらましをマキノさんに伝える。金曜日だからきっとお店大変だということも分かっていたが、さすがお店を切り盛りする手腕のある女性だけあって話の飲み込みも早く、むしろこちらの心配ばかりしてくれた。復帰は一応一週間ごと言っておいたが、正直自分でもどうなるかわからない。その後、ペンギンにも連絡をすればシャチと一緒に何故かローさんちで篭城しているらしく、荷物は任せろと息巻いていた。本当に大丈夫なのかあの二人。

取り敢えず一通りのことを済ませてはたと気がついたが、何もすることがなかった。ローさんは車に一旦戻っていたが、戻ってくるとリビングで何やら調べものなのか相変わらずパソコンのキーボードを鳴らしている。二階に上がって探検しようとしたが、二階は二つの部屋が有り、一つは物置、もう一つはキングサイズのベッドのある寝室が有った。荷物はそこに置いてある。寝室の天井にはずいぶん洒落た天窓があり、天気のいい宵には星空が見えるようになっているのだろう。秘密基地みたいでワクワクするが、それも見飽きると何もすることがやはりなくなってしまった。慌てて出てきたので漫画もなければパソコンも持ってきていない。

「(どうしようかなー、)」

トボトボと下に降りれば、リビングの入口でローさんにぶつかって慌てて退いた。ローさんは私を見下ろすと、口を開く。

「暇だろ。」
「え、まあ、」
「少し付き合え。」

彼は一言そう言うと、そのまま玄関へと向かっていったので、私は慌ててリビングに置いておいた携帯と財布を持って玄関へ向かった。この人はいつも唐突に物事の提案をしそして実行をする。おまけに理由も言わない。歩いていくらしく、車で来た道を徒歩で進んでいく。歩いていれば名前もわからない鳥の声が林の中でそこここから聞こえた。散歩をするにはやはり最適の環境と言えるだろう。熱くないし、絶えず心地の良い風が吹いて木々を揺らす。実に肌にも目にも涼しげな景観である。

「あの、何処へ行くんですか?」

とことこと彼と並ぶように歩いて見上げてそう問いかければ彼は私を見下ろした。私が首を傾げれば彼は口角を上げてどこか楽しそうに笑んだ。


有為転変は世の習い



「いいところだ。」


執筆 2015.11.15.





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