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「何だお前、一人暮らしなのか？」
「はい、実家は田舎にありますから。」
「ずいぶん苦労してんじゃねえか。女の一人暮らしはただでさえ物入りだろう？」

独特なニタニタしたいやらしい笑顔を貼り付けて、この金髪サングラスのチョイ悪封のおじさんはこの店で一番高い酒を煽る。会うたび思うのだが、この人はまるで年がら年中よっているように思える。

「大変ですよー。ほんとに貧乏苦学生ですもん。私ドフラミンゴさんみたいにお金持ちじゃないしー。」
「みかんちゃんは実家からの仕送りも貯金してるんだってね？」
「まあ、はい。」

隣でグラスを磨いていたマキノお姉さんがそう言うとカウンター越しのドフラミンゴさんはまたもや大げさにほお、と感嘆した声を上げた。後ろではテーブル席でドフラミンゴさんの“お連れ様”方がわいわいがやがややっているがこれももう見慣れ聞きなれたものである。彼はこのお店に若い頃から通う常連さんであり、未だにお金をたくさん落としてくれるお得意さんなのである。私もこのお店でバイトを始めて一年になり、ドフラミンゴさんとはずいぶん仲良くなって最近ではほかのお店でご飯をおごってもらうほどに淡いがってもらっているが、そう言えば身の上話を彼にするのは今日が初めてであった。
大学進学とともに上京を果たし、既に早三年。特に裕福でもない田舎の家庭からの上京であり、奨学金とバイト代でやりくりし、田舎の親からの仕送りも申し訳なくて貯金してほそぼそと健気に暮らしている。バイトはいろいろなことをやってきたが、今のバイトはこのマキノさんが営む自営の小料理兼居酒屋さんである。レトロだが精錬されており、まるでヨーロッパの街角にある暖かでおしゃれなカフェやハブのような雰囲気に魅せられて思わずアルバイトの募集もしているか分からぬままに戸を叩いたのであるが、それが今に至る。マキノさんの料理のセンスといい、皿やグラスを始めお酒やお店の美品に至るまで彼女の趣味は私のドンピシャである。彼女はわざわざ海外で買い揃えているというから大変勉強になるし、好きなものに囲まれて仕事をするのは心地よいものである。

「そう言えばみかんの家は今どの辺にあんだ？」
「ここの近くの築３０年のアパートですよ。風呂トイレ付き。1ルーム。」
「家賃いくらだよ」
「5万です。まあ、リノベーション物件ですしこれぐらいが妥当ですね。」
「築30年のくせに高くねえか。」
「都内じゃ安いくらいですよ。」
「学生は大変だな。」

ドフラミンゴさんはあんまり気の毒そうな顔をせず相変わらずニヤニヤしながらグラスを手で弄ぶ。幽かにタバコの匂いと彼の香水の匂いが鼻を刺激する。学校も近いし、ここからも近いのでいい場所ではあるのだ。勿論、もっと部屋数があれば文句ないのだが。

「なあ、みかん、引越したくねえのか？」
「引越しですか？まあ、したいけど、お金ないので。」
「もしお前がよけりゃあなんだが、俺の持ってるマンションの中でちょうどこのへんに建ってるのがあってな。」
「え、ドフラミンゴさんマンション持ってるんですか！？」
「まあな。不動産はいくつか持ってる。」

お金持ってるのは知ってたけどこの人がどんな仕事してるかはなんとなく聞いておらず（というか見るからに裏の世界っぽい人なので聞かない方がいいんじゃないかという懸命な判断である）、まさか不動産まで持っているとは知らなかった。恐ろしい人だ……。

「お前ぐらいのガキばっかりが住んでるマンションだ。ちょうど今部屋が空いたみたいで募集かけようと思ってたんだが、お前どうだ？」
「え、でも、マンションだから家賃お高いんじゃ……おまけにここのエリア地味に家賃高いし……」
「心配すんなって、家賃は学割と俺の権限で今住んでるとこ半額でどうだ？」
「は、半額だと………！！？」

ここの相場は１LDKで9万は普通くだらないというのに、一体どんな事故物件なんだと頭によぎったが、部屋の間取りを聞くまでもなく惹かれまくっているのもまた事実であった。

「じ、事故物件じゃないですよね？」
「そんな心配なら明日辺りベビーファイブに見せてもらえよ、アイツも住んでるマンションだからよ。」
「マジか。」
「空いてる部屋は１LDKで他の部屋より一部屋少ねえが、14階建ての最上階だ。徒歩三分のとこにはスーパーと百円ロー●ンがある。駅は徒歩十分。エレベーター付セコム付で地下には駐車場もついてるがまあお前は車なんざもってねえだろうがな。高所恐怖症でなけりゃあ、」
「引っ越します！！今すぐ引っ越します！！！！」
「心変わりはええな。」



心変わりは人も世も常



そんなこんなでけなげな貧乏苦学生の私は一発逆転、バラ色マンションライフを謳歌することと相成ったのである。人生懸命に生きるといいこともあるもんだ。


執筆 2015.09.06.

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