16

「お、お早う御座います。」
「………んん」
「(「んん」ってかわいいなおい)あの、朝ごはん、作りました。」
「………」
「ああああすみません勝手に冷蔵庫開けてごめんなさいいい(可愛いと思ったら寝起き目つき怖いいいい)」
「…………ああ、そうか。いや、気にするな。」

ローさんはそう言って目をごしごし手でこすりながら(かわいい)ゆっくり起き上がり、未だ寝ぼけているのか私の顔をしょぼしょぼとする目で見ている。昨日起こったことをゆっくり思い出している様子であった。起き上がった拍子に彼の胸の上にあった本がバサリと落ち、それを私が拾おうとすれば彼は大丈夫だと一言断って拾い上げるとようやくソファに座った。

「その、昨日はすみませんでした。ソファじゃ体痛いですよね、大丈夫ですか。」
「いや。慣れてる。お前こそよく寝れたか?」
「はい。随分寝れました。」

予想に反して昨日は疲労と心労が溜まっていたのか随分安眠で来てしまった。何しろ緊張していたもののいい匂いだしベッドはふかふかだしで寝るには天国であったのだ。それにしても彼はソファだったので眠りが浅かったのではと心配になる。

「俺は眠りが浅い。二時間ぐらい寝れば十分だ。」
「なんですかそれ、三島由紀夫や村上春樹超えてますよ。」
「返しが国文っぽいな。」

起きた直後は低血圧なのか随分目が怖かったが(普段もなかなか怖いが)今はもうすっかり目が冴えたと見えてツッコミも返すまでに体は温まったらしい。とりあえずテーブルに転がっていた酒瓶を片付けて、ローさんにモーニングコーヒーを差し出せば、彼はすまねえと一言いってマグカップを手にとった。私も僭越ながらマグカップを借りてコーヒーを飲んでみたりなんかして朝を迎える。朝の風景としてはごく当たり前であろうが、もちろん私の心の中はもはやフェスティバルである。夏休み第一日目からこのような奇跡が起ころうとはもはや夏フェスと言わずしてなんと言おうか。

「(ローさんとのモーニングコーヒーがまさかこんな形で迎えられるとは。災い転じて福となすとはこのこと……)」
みかん、」
「あ、はい。」
「今日予定はあるのか。」
「ええっと、夕方からバイトです。金曜日はだいたい入れてます。」
「そうか。俺は午後から大学院のほうに行く。世話になってる教授の研究発表会に出なきゃならねえんだ。多分、遅くなる上、送ってやれない。」
「ああ、いいえ。大丈夫ですよ。バイクでなくて自転車で行きますが、帰りはルフィと一緒です。」

謎の組織に狙われていることは既にルフィも知っているので、今週から彼も同じく自転車で通い、面倒ではあるが私をマンションまで送ってくれているのだ(本当に申し訳ない)。今日はルフィは非番だが、今日も送ってやると昨日ラインが来た(ということはあの素敵なお兄様二人も来るということなので少々厄介だが)。

「そうか。麦わら屋がいるんだったな。」

ローさんも幾ばくか安心したらしく、再び静かにマグカップに口をつけたが、何かを思い出したように再び私を見据えて口を開いた。

みかん。」
「はい?」
「もし、店にドンキホーテ・ドフラミンゴが現れたら、とりあえずすぐに俺に電話しろ。いいな。」
「…、はい?」

ローさんは私の返事に頷くと、ソファから立ち上がって「シャワー浴びる」と一言いって浴室へと消えてしまった。そういえば以前もドフラミンゴさんについて執拗に聞かれたし、なにかこの件についてあのおじさんは関連があるのだろうか、と頭の片隅で勘づいていた。

「(でも、実際どうなんだろう。)」

彼の表情から読み取れる情報は本当に少ない。聞けばいいのかもしれないが、今は知らないでいいと釘を刺されている手前、詮索するのがためらわれていた。なんだか聞いてしまえば本当にヤバいものに足を突っ込んでしまいそうな気がしているからだ。おまけに確かにあのドフラミンゴさんは見るからにやばそうでいかにも裏の世界の住人のようであるが、一応彼は私にとって「あしながおじさん(お兄さん)」なわけだし…。

「(まあ、いいか。情報が少ない中考えてもどうせ答えでないし…)。」

こういう時自分は楽観的でよかったと思う。正しい判断は情報をきちんと集めてからでも遅くない。余計な邪念を消すようにマグカップに残ったコーヒーを飲み干すとソファから立ち上がる。とりあえずローさんは朝シャン派という貴重な情報も手に入ったことだし今日も一日用心しつつ頑張ろうと、朝食の食器の支度に取り掛かった。シャワーの水音がやけに大きく聞こえて、なんだか恥ずかしくて照れくさい。


災い転じて福となす



で、そのイケメンとはどうなったんだよ?」
「あははー、やっぱ覚えてますねー。」


ごぽごぽと瓶ビールをグラスに注げば目の前のそばかすの可愛らしい黒髪イケメンは慣れたように傾けたグラスを徐々に立てていく。私も慣れたもので、この仕事を始めてから随分ビールの入れ方も上手になった。隣では金髪イケメンが出された熱々のいか焼きをほおばり、その隣では頬に傷のあるやんちゃな少年のような青年がローストビーフを頬張っている。

みかん、塩焼きそばと鳥のパリパリ胡椒焼き追加な!」
「はいはい。」
みかんも食っていいぞ!」
「ありがとう。ルフィもいっぱい食べな。」

まあ、言われなくとも彼はそうするだろうが。今日はルフィは非番だが、先週の金曜日に私にローさんとの進展を聞くと流れで約束したエースさんとサボさんに付き合う形で今日はお客さんとして店に来ていたのだ。こちらとしてはメニューをたくさん頼んでくれるので働かずともお店に貢献してくれて嬉しい限りだ。おまけに今日は花金だというのに雨なので客の入りが少ないのでなおのこと助かる。

「で、そのとらお≠ニやらとはどうなったんだよ?」
「エースさんそれさっきも聞きましたっていうか、なんでとらお?」
「ルフィが言ってたんだ。」
「トラファルガー・ローのことをトラ男≠チて呼んでるってな。話したことねえけど、駅で何度か見かけたことあるぜ。あの長身の寝不足っぽい男だろ?」

サボさんがニコニコ笑いながらハイボールのジョッキに口を付ける。やばい、名前どころか顔まで割れていたとは……。もう逃げきる自信がない。

「へえ、かっこいいの?」
「まあおしゃれな感じだったな。何か生意気そうだけど飄々としてクールな男だった。」
「おまけに医大生だでなおのことモテるんですよ。」
「医大生なのか?刺青やばかったけど、あれで医者になれるのか?」
「まあ、あれじゃないですか。もし大学病院の面接で落ちても家が開業医らしいですし、そうでなくともブラックジャック的な立ち位置であの人ならやれると思います。」
「いや、ブラッククジャックは闇医者だから。現実でやったらアウトなやつだから。」

サボさんのツッコミもいただきつつ、とりあえずこのままBJ話に持込み注意をそらそうとするもそれを許さぬそばかす肉食系男子が一名。

「で、どこまでいったんだ?」
「え、海ですね。」
「ごまかすなよー。誘ったんだろ?まさか何もしてねえってわけじゃねえよな?ルフィが言ってたぜ、食事に行ったって。」
「ルフィくん…?」
「あー、えーっと、と、トイレ。」

くそう。ピュアボーイルフィくんはどうやら誘導尋問にハメられたらしい。ルフィのことは信頼してるからこそよく相談するものの情報の横流しは流石にいただけない。まあこれも素敵お兄様ズのせいなのだが。トイレに消えたルフィを見送り再び視線をカウンターに戻せば興味津々といった具合に輝いた目が六つ。もちろん視線は私に注いでいる。まあ、いつかはバレるし、ちょうどこのメンバーしかいないし、信頼するに足る人たちだしなあ。嘘つくのもしんどいっていうかこの人たち相手に隠し通す自信がない。とくにマキノさんには伝えといたほうがいいだろう。お店に迷惑かかったらやだし。

「その、」
「おう。」
「のっぴきならない理由がありまして、今、彼の家に住んでます。」
「「「え?」」」
「や、だから、彼の家に住んでます。」
「ど、同棲ってこと?みかんちゃん??」
「は、はい。昨日からですけど。」

私がうれしはずかしい具合に肯けば、アダルティたちはお互いを見合った後に、各々随分変わった反応を見せた。げらげら笑い出す者、驚き目を見開く者、ニヤニヤする者。ああ、もう笑いたきゃ笑えばいいさ。

「全然心配いらなかったじゃねえか!誘えっつったけど、まさかそっちの誘いをかけるとはな!みかんやるじゃねえか!」
「やっぱ見た目が肉食系ぽいとは思ってたけど、思ってたより手が早いんだな、虎男ってやつは。」
「お母さんとお父さんには、ちゃんと言ってあるんだよね?ね?」
「ちょ!誤解しないでくださいね!のっぴきならない理由があるんですってば!」
「なんだ、できたのか?」
「やめてくださいエースさん!セクハラです!」
「医者なんだからそのへんは配慮してるだろう。」
「流れでサボさんまで何言ってるんすか!?」
「ううん、みかんちゃんももう大人だものね。」
「そ、それはそうなんですけど……!なんか違う!」
みかんはストーカーにあってて、それを守るために虎男ん家にいんだぞ。」

ぎゃあぎゃあ騒ぎ出し収集のつかない現場にようやくお手洗いから帰ってきたらしいルフィが鶴の一声。直後現場は刹那ハテナマークが飛びかった。ルフィくんは焼きそばをほおばりつつスマホをいじりつつで忙しいらしく彼らに目もくれない。

「「「ストーカー?」」」
「おう。なんかトラ男の知り合いらしいから、責任感じてトラ男が守ってやってんだと。俺も協力しろって。ほら。」

そう言ってピュアボーイ兼救世主ルフィくんは自分のスマホを皆に差し出す。画面はメール画面で、送信名には可愛らしく「トラ男」と書かれている。件名はなく文章は至極シンプルで要件しかない。要約すればとりあえず私が言いたかったことがとてもわかりやすく簡潔に書かれていたので、随分説明する手間が省けた。とりあえずドフラミンゴさんの名前が書かれていないしでホッとする。とはいえ、ほっとしたのも束の間、笑っていたはずのアダルティたちは今度は皆揃って真剣な顔となる。じつに忙しい人たちだ。

「警察には伝えてあるのね?」
「はい。」
「でも警察はそう簡単に動かねえだろ。面倒だからそいつ捕まえて締めればいいじゃねえか。トラ男ができねえなら俺がやるか?」
「お気持ちは嬉しいですが、エースさん、それじゃあなたが先に捕まります。」
「これが本当なら不安だな。俺たちも出来るだけ傍に入れるようにする。」
「いいえ、申し訳ないですよ、お二人はお仕事ありますし。でも、何かあった時には相談するかも、です。」
「シフトもずらす?深夜回る前に帰れるようにしましょうか?」
「あ、いいえ!お気になさらず!申し訳ないけどルフィがいつもどおり送ってくれるんで大丈夫ですよ!」
「おう!」
「むしろ、済みません…業務に支障がでたら、」
「何言ってるの!私は全然大丈夫よ気にしないで!自分の心配だけして。もし怖い人が来ても、もーっと怖い人に退治してもらうから大丈夫!みかんちゃんはいつもどおり、ここに来てくれて構わないわ。」
「マキノさん…!(怖い人たちはシャンクスさんたち(=超常連さん)のことだな。確かにあの人たち怒ると怖いもんな)」
「それに、怖い人たちならここにもいるからな。」
「違いねェ。俺たちなら例え一人でも謎の組織の人間全員倒せると思うぜ。だから心配すんな。」
「うう、エースさん、サボさん…!」
「へっくしゅん!!胡椒が鼻に入った。」
「マイペースなルフィくんは嫌いじゃないけども!!」

なんだかんだと言いつつもやっぱり頼れる人達なんだよなあ、としみじみと思いつつ心から感謝を述べる。ローさんやペンギンやシャチたちも頼りになるけど、この四人も協力することによって一個師団の戦闘力に相当するだろう。謎の組織もちょっとやそっとじゃ手を下せないはずである。ありがたいことだ。

「にしてもなんだ、普通にいい奴じゃねえか。つまんねえ。」
「つまるもつまらないもないですよ。これで私たちの身の潔白は証明されましたね!」
「でも同棲はしてるんだよな?」
「あー、そうですね。」
「その間に何かあるかもしれねえぞー」
「そ、そんなこと、あるわけ、」

ないと言い切りたいような、言い切りたくないような、微妙な心持ちである。いや、これはあくまでものっぴきならない理由≠ナ致し方がなく<香[さんとひとつ屋根のしたで暮らし始めたのだから、恋愛ごっことは違うのだ、うん。

「じゃ今回の宿題はトラ男をベッドに押し倒す=Aに決定だな。」
「今週も訳の分からぬ宿題が出た上に比べ物にならないぐらいハードルが高い!」
「来週聞くからな。」
「聞かんでいいわ!!」
「焼きそばなくなった!たまごのせピラフと肉春巻きと明太きゅうり追加だみかん!」
「あんたはもう少し人の話を聞け!」


執筆 2015.10.26.





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