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「山か海、どっちがいい?」
「えっ、うーん……………海?」
「海か。」
「はい!」
「そうか…」
「はい!海の方が好きです!(山も好きだけど)」
「……俺もだ。」
「はい?」

その瞬間、赤信号が青に変わってバイクが唸ったので、よく聞こえなかったが、ローさんがそのまま何も言わないので私も流した。よく解らないが、この科白はどこかで聞いたことある覚えがある気がした。



苦は楽の種楽は苦の種



「っはあああ!お尻がゴワゴワします!」
「解(ほぐ)せ、自分で。」

思い切り伸びをすると、階段を駆け降りてそのまま砂地に侵入する。砂地に入るとブーツを脱いで慎重に砂場の異物を確認しながら歩くが、安全だとわかるやいなやブーツ片手にそのまま波のもとへと駆けた。行ったり来たりする波に合わせて行ったり来たりをする。泥が足の隙間に侵入する感覚が楽しい。やっぱり海で正解だったのだ。海楽しいし。田舎生まれだから山も好きだけど。

しばらく遊んであそび疲れると、コンクリの階段に腰を下ろしてタバコを吸うローさんに手を振れば、こっちにこいと手で呼ばれたのでそちらへと向かう。彼の手には缶コーヒーが二つ握られていた。彼はそのうちの一つを手渡してくれたので私はそれを受け取る。ほのかにあったかい。

「結局遠くまで連れ回して悪かったな。」
「全然平気です!むしろありがとうございます!」
「礼を言うのはこっちだ。おかげで久しぶりにコイツに乗れたしな。」
「たまには勉強の息抜きも必要ですからね。私はもう少し勉強が必要ですが。」

ブラックコーヒーの苦さに思わず眉間にしわを寄せれば彼はふっと笑った。

「すまねえな。いい喫茶店この辺ないんだよ。今日はこれで我慢してくれ。」
「ううん。一杯のコーヒーを飲むためだけに、わざわざここまで来るなんて贅沢じゃないですか。ある意味普通のコーヒーより高いコーヒーですよ。」
「違いねえ。」

シーズンオフのせいか海にはサーファーや地元の散歩をしている人々を除いて閑散としていたが、おかげでゴミも少なく見た目的には大変よろしい状態であった。ローさんはコーヒーを飲みながらただぼんやりと海を見ていたので私もしばらく黙ったままでいた。私の地元にも海があったので、よく夏休みには泳ぎに行ったり、中学からは友達にサーフィンを教えてもらったりしたものだった。

「ローさんはサーフィンとかします?」
「サーフィンか。旅行に行った時ぐらいだな。」
「私ね、実家が超田舎で、海も山も近くにあったから夏はよくサーフィンの練習してました。」
「へえ。その割にはあんまり運動神経よくは見えねえが。」
「それがそうなんですよー。仲間内で一向に上手くならないのが私一人でした。」
「想像に難くねえ。」
「あはは……。でも海は好きで、できなくてもよく行ってました。船が通るのをぼんやり見たり、素潜りしてサザエとったりして遊んでました。あの船どこ行くんかなー、てみんなに聞いて、知らねー、て返されて、みたいなやりとりばっかしてました。のんびり水平線の方へ消えていく船を見るのが好きだった。」

随分赤い夕日に照らされながら目を細めて、懐かしいなーとつぶやく。

「もうサーフィン全然やってない。ローさんうまそうですね。ていうかローさん運動全般できそう。なんで海なんですか?」
「海は、そうだな…。なんか縛るもんもなんもねえ感じが好きなんだ。」
「へー?」
「無限に続いてるのを見てると自由な気がしてくる。」
「たしかに。なんか向こうに何あんだろうなー、何にもないのかなー、際限もないのかなーみたいな。」
「ああ。知り合いに海自の人がいて、ガキの頃によく海に連れてってもらった。」
「へえーすごい!海上自衛隊!かっこいいですね。」
「それがそうでもねえんだ。すっげえお人好しで、いつもそれで他人の事かばって苦労が耐えねえし、おまけにとんでもなくおっちょこちょいで、いつもヘマばっかする人なんだよ。」
「え、そんな人が海自やれるんですか…?」
「かろうじてな。」

辛辣に話しながらも、ローさんがその人を話す声音や顔はとても優しさに満ちていた。きっといい人なんだろう。詳しく言わずともよくわかる。ていうかそもそもローさんのことをローさんの口から聞くのはこれが初めてな気がした。基本情報は何しろペンギンたちに聴いてるから(本人は知らない)。なんだかいつもより饒舌に話している気がするのは、徐々に私に心を開いてくれてる証拠ということなのだろうか…。

「優しい人なんですね、その人。」
「ああ。俺も未だに世話になってる。どことなく、みかんに似てる気がする。」
「そう、なんですか…?」
「ああ。」

それは優しいところなのか、それともおっちょこちょいなところなのか。場合によっては素直に喜べないので曖昧な表情しか出てこない。とりあえずあえて前向きな方で考えようと思う。

「今度、時間があったら合わせてやるよ。」
「え?」
「面白ェ人だから面白ェ奴同士息が合うだろうよ。」
「は、はあ…。」

ローさんはそう言って海を見たまま笑った。なんだかよくわからないが、私はいつかその面白い人に合わせてもらえるらしい。

「(ていうか面白いってどう言う意味だ……)」

日が沈んで、あたりがどんどん暗くなってくる。小さなカニが、砂の中の小さな穴の中に消えていった。ローさんがくれたタオルできちんと吹いたし、夕日の温度に触れたのでだいぶ暖かくなった。

「…飯食って帰るか。」
「うーん、はいっ…」

もう一度伸びをすると、立ち上がる。その頃にはもう空にはうっすら月が出ていた。ちゃっかりまたタンデムしてご飯も食べれるなら、缶コーヒーデートも全然悪くないじゃないか。むしろ満点だ。勉強の合間の息抜きを口実にまたデートに漕ぎ着けられる気がする。

「あの、」
「ん」
「また今度時間あったら、その、ツーリングしたいです。」
「構わねえけど、ちゃんとお互いお勉強の方もしっかりしてから、息抜きに行こうな。」
「…はあい。」


さすが坊ちゃん、思い出や楽しいことばかりでなく現実も忘れてないわ。


執筆 2015.09.08.




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