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「名前?…名前!名前!いないのか!」

玄関先で人の名前を連呼するその声は徐々に怒気を含むものになっていく。

「はい、はい!名前はここにいます!ここです!」

いけない、もうこんな時間。今までしていた作業を中断し、慌てて玄関へ急ぐ。
玄関ホールでは物凄い顰めっ面をしたご主人の姿があった。
私のご主人様のミザエル様は強くそしてお美しい方だ。けれど、とても気難しい所がある。

「返事は一回にしろと言っただろう」

「ミザエル様も人の名前を連呼していたじゃありませんか」

「下僕の分際でこの私に口答えする気か」

「いえ、そんなつもりでは」

「…なんだその格好は」

少し口ごもっていると、ミザエル様はようやく私の格好に気付いてくれた。
パフスリーブの真っ黒い膝丈のワンピースにフリルたっぷりのエプロンドレス。所謂、

「あ、これはメイド服と言って、アリトとギラグがくれたんです」

人間の世界では下僕と言えども、変な格好で歩いてはいけないんですって。
確かにミザエル様の近くに薄汚れた下僕がうろちょろしていると、ミザエル様の評判に差し支えてしまいますものね。
人間の世界に私よりもずっと詳しいあの二人にアドバイスとこの服を貰ったんです。
このメイド服は高貴でお美しい主人に仕えるにふさわしい格好だって。

「アリトとギラグだと」

「動きやすいですし、それに何と言っても」

このメイド服とやらって、可愛くありませんか?
ワンピースの中にパニエというものを履いているので凄くスカートがふんわりして、シルエットが綺麗だし、エプロンドレスもフリルが一杯ついていてお仕事が楽しくなっちゃいそう。

私はとても気に入っていたのだけど、ミザエル様を見ると形のいい眉を思いっきり顰めていた。





「今すぐそれを脱げ」

「え、でも」

「お前は私の下僕のくせに、私の命令を聞けないと言うのか」

ミザエル様の趣味に合わなかったみたいで、とても険しい表情で私を睨みつけている。
もたもたしいる私の胸倉を乱暴に掴んで引き寄せ、ミザエル様は低く唸る様に言う。

「私に言われて着るならまだしも、あいつらに言われてそんなものを――」

続く言葉はビリッと言う不穏な音に遮られた。

「あ」

掴まれていたワンピースの胸元が大きく裂け、少し乱暴にされてエプロンドレスは肩からずり下がって、なんとも無残な姿に。
そんな私をミザエル様は破れた布切れと私とを交互に呆然と見ていた。

「まだ一回しか着てないのに…」

「は、早くそれをしまえッ」

私の声にはっとした様子でミザエル様は残骸を私の顔に投げつけ、私に背を向ける。

「しまうもなにも、ミザエル様が大事なとこ破っちゃうからいけない「煩い!早くしないとタキオンの餌食にするぞっ」

もう、本当に女王様なんですから。
取り敢えず、エプロンドレスの乱れを直して、貧相な胸元を隠す。
背を向けるミザエル様の長い髪から覗く耳は真っ赤で、恐らく顔も赤いはず。

「ミザエル様…どうしたんですか、顔が「真っ赤になってなどいない!!」

精一杯否定しながら振り向くミザエル様の顔はどう見ても真っ赤。
バリアンのままでは顔の色がこんなに変わる事がなかったので、ミザエル様の赤面はとても新鮮。

「どうし――」

あ、そうか。今の私は人間の女の姿。女に不慣れな人間の男は女の身体を見た時、それはそれは動揺すると言うのは本当だったんだ。今のミザエル様は人間の男の姿だから、

「大丈夫ですよミザエル様!例え貧相なこの下僕の身体でも、ミザエル様のリアクションは健全で正しいものですから!」

流石ミザエル様。人間の世界に来て日が浅いと言うのに人間のリアクションまで完璧です!
私が言うとミザエル様は絶句して、ぷるぷると震えている。
その顔は相変わらず真っ赤で、頭から湯気が出そうな勢いだ。





私は断じて赤くなってなどいない!
(素晴らしいですミザエル様!)(今すぐ黙れッ!)

title:確かに恋だった
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