還ろう、きみの元へ
004
ざわざわと生徒たちの声が遠くに聞こえる。模擬試合でも行っているのか野球部の声援と怒号が甲高い金属音と共に飛び交っていた。「でだ、わからんことがあればきちんと聞けよ。お前アホなんだからさ」
「生徒に直接アホって言うのはパワハラにならないんですか、センセー」
「馬鹿野郎、事実を受け止めんでどうする」
そう言って細い指がプリントを叩いた。大きくバツがつけられ、左下の欄には梓の名前とゼロの数字が堂々と並んでいた。
この間の数学の小テストだった。簡単な復習であるはずの問題たちを相手に、梓はいっそ見事なまでに惨敗を喫したのである。
「そもそも、あたしはパワハラだの体罰禁止だのめんどくさくて嫌いだ」
「体罰禁止はある意味妥当ですよ」
教育目的の行き過ぎた体罰は、ただの傷害事件よりタチが悪い。ただ、なんでもかんでもダメダメと言われるようになり、更にはモンスターペアレンツなる単語まで出てきてしまったこのご時世では面倒だという気持ちはわからなくはない。
「ま、逆代は何言っても大丈夫だからさ、何でも言ってんの。あたしだって人見るさね」
そう言って彼女は引き出しを開けて中から封筒を出して梓に差し出す。大きなそれは、ノートが軽く収まる程度の書類用のもので、茶色の表紙には乱雑な筆跡で杉亮と書かれていた。
「田村先生、亮のクラスの担任でしたっけ」
「一年のクラス担任が三年も兼任できるほど暇に見えるのかお前」
捻くれた答えで返され、虫の居所が悪い理由を察する。梓の従兄弟である亮のクラス担任は彼女とライバル関係にあったことを思い出した。大方、嫌味の途中で封筒を手渡されたのだろう。
「なあ、お前杉の休みの理由聞いてるか」
そもそも従兄弟が休んでいることをこの封筒で知った。
「風邪かなんかじゃないんですか」
「だろうな。ただ、杉は休むこと多いだろ、受験生なのに。もっと体大事にしておけって伝えてくれ」
せっかくいいもん持ってるんだからさ。言いながら彼女は封筒の上に梓の小テストを滑らせる。慌てて掴むと田村女史は既に掌をひらひらさせて自身のパソコンに向かっていた。