還ろう、きみの元へ
008
ぼうとして考え込んでいる内に、引き戸の向こうから控えめなノックと声を掛けられた。「めぐり屋参謀のユイリです。入っても大丈夫ですか」
穏かな声で、あの金髪少女の方でないことを予想し、梓は了承を伝える。からころと古びた音を響かせてうっすらと赤い髪が見えた。そそくさと入ってきた少女は、梓の足元でまだ眠っている様子の子供を確認し、頭を撫でる。
「角、だよなぁ…」
梓は、彼女の頭部につい目がいってしまう。首元で切りそろえられた彼女の赤茶色の髪、小ぶりな耳のほんの少し上から生えているらしき角。鹿の角のように幾重にも枝分かれしたそれは、ぐるりと冠のように頭部を囲んでいる。角から下げられた飾りがしゃらしゃらと澄んだ音を出していた。ふと、彼女の首元に視線が移る。きらりと反射する、鱗だろうか。梓の目には、魚を連想させるそれが微妙に色を変えているように見える。濃い緑から青みがかった色、黄色も一瞬混じったようだった。そんな特徴は、彼女が着ている服が和風であることも相まって、耳の生えた子供と一緒にいると余計にコスプレのような気がしてならない。
「わっ!?」
しゃらん、と音を立てて彼女が飛びのく。目を見開いた彼女の首筋、鱗らしきそれが一気に赤と黄色の縞模様を作り、交互にぐるぐると変化させた。延びていた手を下ろすと同時に、彷徨ってた視線が梓の顔に固定され、彼女は胸を撫で下ろす。首筋の鱗は、ゆったりと緑へと変化した。
「えっと、しっかり自己紹介してませんでしたね。ワタシ、ユイリといいます。よろしくお願いしますね」
にこにこと優しげな笑顔で、居住まいを正し深々と頭を下げる。ユイリともう一度名乗りをあげた彼女の背中がちらりと見え、そこも同じく光沢のある緑の鱗に覆われていた。
「…ええと…ご丁寧にありがとう。俺は…」
「逆代梓さん、でしたね?」
名前を当てられ、目を瞠る。ユイリへ視線を向けると、さらににっこりと微笑まれた。
「ワタシのことは知らないでしょうが、不倶戴天さま…いえ、梓さんのお父様には、かなりお世話になってまして」
彼からよく話を聞いているのだ。そんな、ほとんど交流のない親戚の台詞のようなものを告げられた。梓の父は、海外を飛び回ることが多く、長期的な出張もしょっちゅうだ。仕事の詳細を梓は知らないものの、たまにこうして父関連の知り合いと顔をあわせることがある。ヤクザの頭領であったり、どこかの国のスパイだったり、と彼の周りに集まるのは奇特な人物が多い。そういった彼なら、相手が女子高生のような年齢の角と鱗を持つ少女と知り合いでもおかしくない。
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