還ろう、きみの元へ

006

「亮ちゃん、今日、休んだって?」

 金太郎が答えるよりも早く奥から声がして、からりと引き戸が開けられる。覗いたのは、長身の男だった。腹の出た男と同い年だったはずだが、男よりも随分と若々しい。服装も背広を脱いだだけの爽やかなシャツ姿だ。優しげな目元に皺を寄せて、口元に手を当てる。

「いい加減出るようにって言っといたのになぁ」

 出席日数が云々、とぼやき始めてそのまま中へひっ込んだ。耳に心地よい声が奥へ呼びかける。ついで足音が遠ざかっていった。直に従兄弟の顔が覗くだろう。相変わらず親のようだな、と背中を見送っていると、金太郎から声をかけられる。

「とにかく亮ちゃんに会うんだろ。お前も門下生だ。遠慮せずに中ァ入ってけ」
「金太郎おじさんの家でもないんだけど」
「細けェこた気にすンな。早く禿るぞ」

 熊にも似た巨体を揺らして笑う金太郎を開け放たれた玄関を潜り、土間を上がる。
 昔ながらの日本家屋をそのままに使っている従兄弟の自宅は、畳と土壁、太い梁を渡してあり、年月を重ねた木の色は、少し沈んでいる。廊下の向こう、少し進んだ先の扉ががたぴし音を立てて開けられた。小さな部屋だ。書き込みがされて真っ黒に見えるカレンダー、ぽっくりぽっくり鳴る鳩時計、真ん中に卓袱台があって、部屋の隅に複数の座布団が重ねられている。金太郎は、ずかずかとはいりこんで茶色く変わってしまった畳の上へ座布団が二つ放り投げた。
 道場に続く廊下から人の気配はない。稽古といってもわりと各々が勝手に入り込んで型の練習や正拳突きを行っていることが多いのだが、おそらくこの時間帯にいる門下生自体少ないのだろう。金太郎は稽古帰りのようだったが、碓氷はこれからだったのかもしれない。
 そんなことを考えながら座布団を軽く整えて座ると、目の前に饅頭がぽんと置かれる。

「……なんで、金太郎おじさんがおかし出すんだよ」
「門下生が道場のもん食っちゃダメってか?」

 そうじゃない。我が物顔で道場兼従兄弟の家のものを客に出すってところだ。そう言いかけて耳を澄ました。
 遠くから襖を開ける音や誰かの声が聞こえてくる。複数のそれは、予想よりも人数が多い。今日は珍しく裏口から来る門下生が多いのだろうか。頭を捻りつつ饅頭をつまむ。だが、喧騒が近づくにつれ、梓は違和感を覚えた。普段よりも数倍騒がしい上に何やら焦っているような大声が聞こえてくる。立ち上がろうとした瞬間。
 すぱぁん、と勢いよく襖が開けられ人影が飛び出してきた。
 それは、彼らに構うことなくまっすぐに梓が入ってきた扉へ一足飛びに走り抜けようとして、落ちた。派手な音を立て散乱した茶菓子と溢れたお茶が水たまりを作る中、倒れ伏した人影。どこかで見た制服を着た少年だった。それより梓の目を惹きつけたのは。
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