look
011
「はい。はい。…そうです」梓の声が聞こえる。よくあるような声なのに、聞き取りやすい発音のそれは、テレビのナレーションを聞いている錯覚を覚えさせた。
「ええ…骨は折れてませんから」
話す相手の声は聞こえてこない。保健室へ連れて行かれたときに保護者という単語が聞こえてきた。おそらく光の両親が相手の電話だろうと結論づけて、ただ耳を澄ます。布一枚隔てた向こう側。そんな布がなくても光の視界に何かが映ることはない。それでも、布という壁の中で息を潜めていた。
「そうですね…ただ」
視線。平坦なそれは、侮蔑も嫌悪も恐怖もない。何が含まれているのかわからない、ただの視線が向いている。見ている、布越しに、光を。
「振り出しに戻るかもしれません」
暖かい布の中。梓の視線を感じながら、光は瞼を閉じた。
「ひかるん、ひかるん、ひかるんるん」
耳元で囁かれ、今ではすっかりお馴染みとなってしまったニックネームを呼ぶ懐かしい声。
「陽一…?」
「そうそう。ひかるんの愛しの人だよー」
にぱーっと笑いながら、自分の顔を示す陽一の顔が思い浮かんだ。ほんの少しだけ、布団から顔を出す。ほっと安堵の溜息が聞こえた。
「ごめんな、心配かけて」
「んーん、心配もひとつの特権さー」
無事で良かった。声音の中にそんな言葉が見える気がする。光は、サングラスがあることを確認して、陽一に今日の話をせがんだ。
友人の話は、突拍子もないほら話が多い。出来の良いそれらは、聞いているだけで光の心を和ませてくれる。
「そして、これが隊長に捧げるしーちゃん隊員と陽一隊員の成果であります!」
不思議アイテムの話の途中で、膝にあるものが乗せられた。池田は、わかっているだろうになにも言わず笑っているような気配。
なんだろう、と手を伸ばし恐る恐る触れていく。
固い部分、それにさらさらと動く部分。何かの拍子で広がったそれに手を滑らせれば、脳裏に文字が浮んだ。意味のある凹凸が並べられている。
「これって…」
慌てて表題を確認すれば、梓から存在を聞いて読んでみたいと思っていたタイトルが記されている。しっかりした装丁から想像しづらかったが、点字本だった。