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009
◆かつん、かつん。白杖の音が廊下に響く。どこかのクラスが体育をしているのか、遠く喧噪が響いてくる。直射日光ではなくとも、熱気が窓から入ってくるような気がした。
『十時三十分です』
携帯端末から流れる音声から、あと少しで目的の教室に入ることができると胸を撫で下ろす。確認の為に、と伝ってきた壁に残る傷跡に触れれば、それも、ほぼ目の前に目的地が存在することを示していた。
これで、志藤や陽一にまた報告できる。
授業が優先される風紀委員や友人たちは、全員予定が入ってしまい動くことができず、梓も、その時間は担当授業があって外すことができないと知ったのは、今から十分前。
今日は、光の盲目について甘やかすことをよしとしない教員の個別授業が入っていた。彼が指定する場所は、いつも光の行動範囲より少し外に出る教室。池田は、意地悪だと抗議しているが、その教員が光の将来を憂えての行動だと光は知っていた。その証拠に、彼は、光の所までやってきては場所と時間、行き方を簡単に説明するのだ。
今日も、その通りに道をたどって、あと少しと一歩踏み出そうとした瞬間。
どこからか地響きが聞こえてきた。瞬時に例の転校生だと気付く。しかし、ここは、光にとって初めての場所だった。どこへ逃げればいいのか。焦るうちに、判断を誤った。
ひどい痛み。何が起こったのか分らない。しかし、半身がひどく傷む。なんとか動いた右手が、少しざらついた床を掻いたことで、光は自分が倒れていることを自覚した。どうしてそうなったのか。理由は、すぐに知れた。
「いってー! なんだよ、もうっ、ぼーっと立ってんなよ!」
起き上がりかけた光を襲う、大音量の声。純粋な暴力となった音に、彼が喚く内容のほとんどが聞き取れなかった。
「お前が悪いんだからなっ! 俺に謝れ!」
鼓膜がびりびりと震えるような錯覚。なんなんだ、地震でも起きているのか。半分パニックに陥った光は、その後聞こえてきた数人の足音を拾うことができなかった。
「裕也…ッ! どうしました?」
「こいつが、急に出てきてぶつかったんだ! なのに謝りもしねぇんだ!」
まだ、起き上がる事もできない光に、軽蔑を含んだ複数の視線がぶつかる。先ほどから叫んでいる相手は、光に理解できない言語を話すようにただ「謝れ」「お前が悪い」と一体どうしてそうなったと聞きたい言葉を発していた。