look
001
図書館でいつものように本を読む。大河と初めて会ったときに読もうとして読めなかったライトノベルだ。光は、自身のパソコンに収録された音声読み上げソフトを使い、ヘッドフォンから聞こえてくる音声に集中する。しかし、気付けば手が止まってしまい、その上、中身が頭に入ってこなかった。長年の愛読書として気に入っているシリーズの最新刊なのに。
光の口から自然と溜息が漏れ出た。
「古賀ちゃんさぁ、溜息ばっかだと幸せ逃げちゃうよぉ?」
やたら間延びした、人口的な甘さを滲ませた男子生徒の声。頁を繰る手を休めて、こちらに笑いかけてくるような気配を感じる。
「えっと、どちら様でしょうか?」
光が図書館で勉強し始めてすぐに近くに座った存在。池田でも志藤でも大河でもない歩き方で近づいて来て、本を読むふりをしながらこちらを観察していた。その視線にも集中を乱されていたように思う。
「えぇ、それ本気ぃ?」
まるで前にも会ったことがあるような物言いに、自身の記憶違いかと過去を遡る。知らず唸るような声が漏れていて、話しかけてきた彼は、ごめん、そんなに悩むと思わなかったと噴出した。
「ちゃんと、はじめましてだよぉ。オレは、塚本直樹っていうんだぁ。よろしくねぇ」
なぜ、よろしくするんだろう。そう思いながら、光も自己紹介を返す。その不審感を察したらしい塚本は、チェシャ猫のように笑う…そんなイメージを抱かせる気配がした。
「ちなみにぃ、古賀ちゃんは知らなかったみたいだけどぉ、オレ、風紀委員で副委員長なんだよねぇ」
「…ッ」
先日の廊下での出来事がフラッシュバックする。大河を傷つけてしまったあの日。
謝りに行こう、と考えなかったわけではない。ただ、あの視線を思い出してどうしても足を動かすことができなかったのだ。ようやく、外への恐怖が薄れてきたかと思っていたのに。
「でさぁ。オレが言いたいのは、古賀ちゃんのソレ、のことなんだけどぉ」
それと言うと同時にサングラスをつつかれる。視力のことだろうか。
「職員室近くで古賀ちゃんが言ったこと、オレ、初めて聞いたんだよねぇ」
なんだっけ、障害者のサポートだっけなぁ。
その場の勢いで言ってしまった『理由』。もちろん、光が風紀委員に申請していたという事実はなかった。