ねことばか

006

 猫の身体でなんとか取り出したぼろぼろの箱をベッドの上に運ぶ。箱の説明には水なしとの文字があったから大丈夫なはずだ。
 半分目を閉じかけている彼に控えめに声をかける。薬の箱を視界に入れて、彼は少し笑った。
「ありがと…さすが俺の透哉」
 そう言ったとき普段なら撫でてくれる。それなのに、彼は空中を見つめたままだった。微笑んだ先には誰もいない。


 彼は、今、誰を呼んだのだろう。


 此処にいる猫のトウヤだろうか。あんな顔をして呼ぶだろうか、ただの飼い猫を。ただ、なんとなく思ったのは、猫になった透哉を呼んではいないだろうという予測だった。





 人は、俺たちを揶揄して猫かわいがりしていると表現した。そう言われるたびに、実際の猫とは違うことを痛感した。

「なぁ、本屋行こ――」
「悪い。放課後、呼び出されてるんだ」

 追いつくから適当に行ってて。わかったと返す声が少しだけぼやけている。こういうとき、人間は分が悪い。男同士だと止めることすらできないのだから。

 おそらく彼は屋上で告白を受けているだろう。何度もあった出来事。そのたびに笑って受け入れている空想に恐怖して。笑顔で断ったと言い切る彼に安堵した。

「やなやつ」

 なぁん。

 呟きに被せるように鳴き声が聞こえた。周りを見渡せば、足に暖かくてやわらかい感触。見知った模様の茶トラだった。声をかけてきたのはこいつだろう。彼と俺の顔を見るたびに寄ってくる。

 なぁん。餌をくれとばかりに鳴き声を張りあげる。仕方なしにポケットから出てきた猫用煮干の袋から一本だけ彼の口元に持っていった。彼に持っておけと渡されたものだ。俺自身はまったく関与していない。

 軽く匂いを嗅いで茶トラはかぶりついた。目を細めてがつがつ頬張っている姿は、おいしいという言葉が聞こえてきそうだ。

「幸せそうだなぁ」

 のんびりできて、自由にふるまえて、彼とともにいても全く問題がない。もし、恋人ができたとしても十分に甘えられる。別枠なのだから。付け足すなら、恋人に対して媚びる必要はないし、考えが読まれることもない。勘の鋭い女子生徒から牽制されることも、ない。

「いいなぁ」

 茶トラは、首を傾げて煮干しの催促をした。
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