■サメタユメ
「すみません、私がいながら小都子を止めることが出来なくて」
彼女が海に中へ一歩ずつ足を進めて行くのを私は何も言わず、見つめ続けた。
「身体強く引っ張って、止めたんですけど・・・」
小都子の家族に彼女の自殺現場について聞かれながら、私は優しい友人を演じる。
違う、私は何もしていない。
見ていただけだ。しかも、彼女の入水自殺に手を貸したと言っても過言ではない。車の運転のできない彼女を海まで連れて行ったのは私だ。最早、共犯者と言ってもいいのではないだろうか。もう一人の共犯者は被害者でもある小都子だ。
夜の海はただただ暗くて、昼間の明るげな表情と真逆の顔を見せてくる。こちらへおいでと呼んでいるのだ。
海に着くと私と小都子は車から降り、砂浜を歩き出した。
靴の中に砂が入ると気持ちが悪いので、2人とも最初から裸足だ。
私は履いていたロングスカートの裾を手で手繰り寄せ、足で砂を弄る。
その間小都子は、ゆっくりゆっくり波の方へ進んでいたのだ。
私が気づいた時には、小都子の左足が波に入っていた。
何か声をかけなければ、そう思ったけれど何も言えなかった。小都子の今までの気持ち、経験から考えると、何も言えなかった。
私は足で砂を弄るのを止め、小都子を見つめ続けた。
聞こえてくるのは波の音だけ。
ザバーン、ザバーン
哲哉の時もきっと・・・
「哲哉」
波の音しか聞こえなかった暗闇の中で、小都子の声が聞こえた。
哲哉がこの海で溺死して以来、小都子の口から哲哉という言葉は聞かなくなった。
今日はきっと今まで言いたかったことを溜め込んでいた瓶を割った日なのだろう。哲哉の名前を呼び続けた。
「哲哉ー、哲哉ー、哲哉ー」
小都子は、哲哉の名前を呼びながら、掌を上に向けたまま腕を前に出して波の中を進んでいった。もしかしたら泣いていたのかもしれない。こんな暗闇では何も見えない。
ずっと哲哉の名前を呼びながら、波の中を進んで行く彼女は急に振り向き私に赦しを乞うような表情をした。
私は黙って頷いた。行っておいで、そういう気持ちで。
「哲哉は私を待っていてくれるかな?」
辛そうな顔を小都子はした。
だから、私は思いっきり笑顔を作って、「絶対待っているよ」と言った。
彼女は何年かぶりの笑顔を私に見せた後、波の中へ消えていった。
一人取り残された私は、車で自宅に帰り、バイトに行った。