▽空知らぬ雨と証明を



 目が覚めたら身体が莫迦みたいに重かった。熱でもあるのかと体温計を出そうとしたけれど、よく考えたらこの部屋にそんなものは無かった。大学進学を機に片田舎から市街地に引っ越したのだけれども、毎日毎日が高校時代とそんなに変わらない事に少しだけ不満がわいた。変わったことは今まで見てきた夢が、もう夢であってはいけないのだと気づいたくらいだ。夢は未来にならなくてはいけなかった。高校生活も決して楽しかったとは言えないけれど、まだまだ将来への希望なんかはあったように思う。将来何をしたいかだとか、どんな生活をしたいかだとか。私もそんなことを人並みに夢想していた。
しかしこの年になって気づいたことで、自ら歩まぬものに未来はないということ、それが分かると人生はまるでランニングマシーンかベルトコンベアであった。停まったらおしまい。人生から弾き出されて、それでおしまい。これが人生か。大学に行けばなにかが変わると思っていた事もあった。そんなある種の希望と少しの願望が、私の身体を満たし満たして重くする。夢の中で走ろうとしている時のように、ただ脚を前に進めるだけで息が切れてしまいそうになるのだ。そんな私に走れというのか。この永い人生を。
見捨てた夢は山ほどあった。棄てられない希望はその倍あった。どちらも出来ず、惨めな気持ちから流す涙はただただ私の身体を湿らせて、もう身体を捻ったら水が出てくる気さえする。
人間の身体を重くするものはなんだ。人間の質量の基はなんだ。私は分かった。それがあるから人は空を飛べない。最後に生まれる惨めな希望が人間の身体を重くする。
私は疲れている。精神的にも肉体的にも。満身創痍でズタズタで、ぼろ雑巾のようになって、それでもなお醜く息をしようとしている。あぁ厭だなぁと思った。思ったら笑えてきて、私は立ち上がる。そのまま、水の滴る後が見えそうな身体を引きずって窓を開けた。もう夢も希望も願望も何もいらない。私はただこの惨めな人生にQEDと書けばそれでいい。私が消えれば証明は完了する。「人間は夢と希望の紐がついた風船に過ぎない」
私は紐を切り離す。そうすればどこまでも飛べる。一歩ずつ歩く足元に一つずつ重荷を落としていく。落ちる度に鳴る不協和音は、他人と上手く付き合えなかった私の人生そのものだ。だがそれももう必要ない情報。
夢も希望も棄てた身体を空中に投げた。やっと終わる、と思った私の身体は急速に達成感で重くなり、私は天へと墜ちていった。

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「湊の港」の湊様からの頂き物です。
とっても素敵ですよね!
文才が滲み出ていて、私は頂いてから何度も何度も読み返しました。
皆様も「湊の港」に是非ご訪問くださいね。
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