砂になる
 本当に憎かったのかどうかはわからない。本当に消えて欲しいと思っていたのかわからない。けれども、やってしまったことは仕方ないのだ。
 私は人を殺した。
「あれ捨てにいくぞ」
 夫に言われて身仕度をした。
 私が殺したのは私の愛人。私がとっても愛した人。夫よりも愛していた。

 彼は身寄りがないと言って、私をとても頼りにしてきた。私はそんな彼を可愛らしく思っていたし、私が綺麗にアイロンをかけたワイシャツも私が心を込めて作った料理も「うん」と言って受けとる夫とは違って、彼は私が彼の為にする全てに対して「ありがとう」と言ってくれた。私は「ありがとう」という言葉に慣れておらず、彼のありがとうという言葉は私をときめかせた。
 けれど結局彼は愛人。私は浮気者。いつからだっただろう。ただ暖かった私と彼の関係が急激に冷めたのは。私が夫の話をしたのがいけなかったのだと今になって思う。それから彼は私を責めるようになった。いつ夫と別れるのか、本当に自分のことを愛しているのか、と。私を責め立てる彼の表情からは普段の温厚な顔は消えていた。ヒステリックな女のような顔だった。私は彼のそんな顔が大嫌いだった。彼がヒステリックを起こせば起こすほど、私は彼から離れ、夫の傍にいるようになった。
 夫は私の浮気について何も言わなかった。私も夫に何も言わなかった。謝る言葉すら言わなかった。その頃から私は彼と連絡をとることを億劫に感じるようになり、彼と連絡をとらなくなっていた。自然消滅してしまおうなんて虫のいいことを考えて、私からも連絡をとろうとしなかった。
 

 仕事に行き事務仕事を淡々とし、家に帰ってからは何も喋らない夫と共に過ごした。刺激がなく、面白味にも欠ける暮らしだったが、そんな毎日胸がときめくようなこと、ドラマじゃないんだから起こるわけがない。それに夫が暴力を奮うわけでもないし、夫の両親も健康で介護をしなくてはならないわけでもない。平々凡々のいい生活じゃないか。
 そんな毎日の中突然彼から「会いたい」とメールがきた。昼休みではないが少し休憩しようと思っていたときだったので驚いた。都合がいいことを言わせてもらうが、もう彼のことは好きでないし、今後かかわり合うつもりもなかった。出来るだけ穏便に済まそうと「最近仕事が忙しくて会えそうにない」とメールを返した。すると直ぐに彼から「わかった」と返信があった。彼も仕事をしているのに返信がとても早かったことが不思議だった。
title by 狼傷年
main


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -