モリガンの接吻

「あ」
 人に目を奪われたのは初めてだった。特別に可愛いわけじゃなかったけど、黒くて艶やかな髪が風になびいているのがとても綺麗だった。
 僕が声をあげたら、その女性がこちらを振り向いた。彼女の顔を見て、尚更驚いた。彼女は泣いていたのだ。顔は黒い目に涙がたまっていて、彼女に話しかけずにはいられなかった。
「あの、どうしたんですか?」
すると、彼女は不思議そうな顔をした後、思い付いたように目の辺りをこすって、照れたように笑おうとしたのだろう。でも、その努力は報われず、彼女の目からは涙が流れた。
「あの、僕で良ければ話を聞きますよ」
「……本当ですか?」
「はい」
彼女が喫茶店に入っていくのに着いていった。彼女は紅茶を僕はコーヒーを飲んだ。彼女は口を開き言葉を選ぶように話し出した。
「私、アパレル関連の仕事をしているんですよ」
彼女は自分が会社からの内定をもらったときのことを思い出したのだろう、少し顔を綻ばせた。
「私、今の会社に入れるってわかったとき、本当に嬉しくて周りに自慢したんですよ。だってこんな就活氷河期に自分が入りたい会社に入れるなんて、滅多にないじゃないですか。だからとても嬉しかったのに……」
彼女はティーカップを握りしめたまま黙り混んだ。
「それから?」
僕が続きを促すと、彼女は頷いて続きを話し出した。
「ずっと先輩から苛められていたんですよ。最初はただの注意だと思ったんです。私、動きがとろいし怒られても仕方ないかなーって。でも、だんだんエスカレートして、ごみがロッカーに入れられてたり、無視をされたり。……せっかく希望の職業に就けたんだから、頑張らないと頑張らないとって思っていたんですけど、もう……」
彼女は泣き出した。
「そっか」
色々な人が色々なストレスを抱えていきているんだな。なんて小学生みたいな感想をもった。
彼女は鼻を2、3度かむと、もう行きますと席をたった。もういいんですかと聞くともう大丈夫ですと今度はちゃんと笑えていた。彼女は鞄を肩にかけて数歩歩いた後、立ち止まってこちらを振り向いた。
「…また、話を聞いてもらえますか?」
「はい」
僕は頷いた。そしてメールアドレスを交換した。
 僕が話を聞くだけで、少しでも安らぎを得られたり、明日も頑張ろうとか思ってくれる人がいる。僕は嬉しかった。実は僕もバイト先で嫌なことがあって落ち込んでいた。明日も頑張ろう。あの人を見て、そう思えた。人に傷つけられた傷は、人によって癒される。
 明日もいい人たちに出会えますように。

title by 亡霊
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