■夢の切れ端
私の弟は、私なんかよりもずっと優秀だった。底辺大学を単位ぎりぎりで卒業し、スーパーでアルバイトをしている私とは違って、弟は有名大学を主席で卒業し、今では国家公務員だ。
私は大学を卒業すると実家を出た。アルバイト代で暮らすことはとてもきつく、欲しいものなんて買えなくて、食べるだけで精一杯だった。でも、一人で生きている、誰にも頼らずに生きている、その事実が私を救い、その事実のおかげで生きてこれた。
もっと豊かな生活が出来るなら、そんな生活を送ってみたい、そう思う。でも私には今の生活がお似合いだ。
父も母も私にはいない。頼れる人はいない。だから一人で、このままの生活で生きていく、そう思ったあの日から7年の月日が流れた。
ピンポーン。玄関のチャイムが鳴った。家賃の安いアパートは壁が薄く、隣の部屋のテレビの音だけでなく、会話さえ聞こえることもある。隣の部屋の玄関のチャイムが鳴ったのだと思った。ピンポーン。再びチャイムが鳴る。私には来客なんてないし、宅配便も来るわけがない。誰も来ないのだ。だから、私の部屋の玄関のチャイムが鳴っているなんて思わなかった。
しばらくすると、チャイム音と共に「姉さん」と聞き覚えのある声が聞こえた。まさかと思い、玄関のドアを開けると、弟が立っていた。
「慶太……」
「久しぶり、姉さん」
多分値の張るスーツなのだろう、部活で鍛えた弟の身体にぴったりのスーツを着て弟は玄関に入ってきた。弟の突然の訪問にどうしたらいいかわからず立ち尽くしていると、「あれ?部屋に入れてくれないの?」と弟が笑って訊いてきたので慌てて入れた。
「…あの、ごめんね……何にもなくて……」
いつも買っている安い緑茶を弟に出した。弟が珍しそうに部屋を眺める。小さな箪笥も小さなテレビも、私一人だけのときは何にも思わなかった。むしろ私にぴったりだと思っていたのに、弟に見られると恥ずかしいものに思えてきた。
「姉さん」
弟に呼ばれ、俯いていた目を弟に向ける。
「まだこんなとこに住んでいたんだね」
「え?…ああ……うん………」
「彼氏とかと一緒に住んでるわけじゃないんでしょ?」
弟の急な問いかけの意味がわからず弟を見つめると弟はにっこり笑った。
「一人なんでしょ?」
化粧品を買うお金も惜しくて、化粧気のない私の顔を見て弟は、確信していることをわざと訊ねているのだと思った。
title by 亡霊
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