爪先から褪せていく

 気づくと口ずさんでいる歌がある。決して明るい歌ではない。
 運に恵まれず、ただ淡々と不幸に見回れながら、けれども希望を捨てきれない歌。
 自分にぴったりだと歌い続けた。バイトの品出しのとき、車を運転しているとき、本を読んでいるとき。
 いつしか私の人生と歌詞が重なり出した。ますます私はその歌を歌った。
 ある日私を好きだと言う奇特な人が現れた。私はその人の言葉を信じられなかった。誠実な人だった。ひたすらに真面目な人だった。けれども、私はその人を信じられなかった。その人の口が紡ぐ愛の言葉が殊更に信じられなかった。
 だから私は言った。「私に向かって愛の言葉を紡ぐ代わりにこの歌を歌ってほしい」と。その人は歌った。運に恵まれず、ただ淡々と不幸に見回れながら、けれども希望を捨てきれない歌を。私と一緒に歌ってくれた。
 そうしたら、なんだかその人を信じてもいいような気がした。こんな女とこんな歌を歌ってくれるその人を。
 私の人生は歌詞とは異なるものになった。運に恵まれ、不幸に見回れることはあっても、幸せも巡ってくる人生になった。
 けれども私は歌い続ける。これからもきっと歌い続ける。きっと出会うことのない人たちの為に。歌を残したい。
title by 亡霊
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