■痛いくちづけ
海に来た。彼女と一緒に。
浜辺で遊んでいる子供たちを横目に。砂場に座り込んだ。
彼女の「おろしたてのとっておきワンピース」が砂にまみれている。彼女は気にしないのだろうか。砂浜に座り込んでからずっとしゃべっていないけど、彼女は何を考えているのだろう。
「夕日、綺麗ね」
「え?」
「ゆ・う・ひ、綺麗ね」
聞き返すと彼女は繰り返した。 僕の大好きな笑顔を見せてくれた。
昼食を食べて来たのに、いつの間にか夕方だった。
彼女はずーっと黙っていて、僕も何も言えなかった。言いたいことはたくさんあった。言いたくて言いたくて、でも言えなかった。
日が暮れかけて風が冷たくなってきた。
「帰ろうか」
彼女がワンピースについた砂を払いながら立ち上がった。
今がチャンスだと思った。目をぎゅっと瞑って彼女に話しかけた。
「あのさ、僕とさ」
「言わないで」
彼女に両手を握られて、言葉を遮られた。
「言わないでよ」
彼女の手の暖かさになんだか泣きそうになったら、彼女の方が先に泣いていた。
「言わないでよ」
本当は言うつもりのなかった言葉が口から出てくる。
「だって、僕は駄目だから」
「駄目でいいよ」
「君を守れないから」
「守らなくていいよ」
「駄目なんだよ」
「駄目じゃないよ」
二人でわんわん泣きながら手を握りあっていた。
「私はあなたと繋ぐ手の温度が好き。あなただから好き」
「手の温度は君自身の手の温度だろ?」
泣きながら言うと、彼女は思いっきり首を横にふった。
「違う。友達と手を繋いだって妹と手を繋いだってこの温度にはならない。あなたが好きだから。あなたといると心がぽかぽかするから。暖かく手を繋いでいられるの」
彼女の泣きながらの言葉に涙が止まらなかった。
「ごめんね。ごめんね」
何度も謝った
「いいよ」
彼女は許してくれた。
これで良かったんだ。ずっと手を握ってたら良かったんだ。
僕は頑張る。自分に自信を持つために。彼女と一緒にいるために。
その後彼女とキスをした。
彼女と付き合って初めてのキスをした。
title by 狼傷年
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