愚者とワルツ

「せんぱーい」
 後輩に呼ばれて振り返る。
「こいつ彼女ができたんですって」
 なのに、教えようとしないんですよーと後輩は同級生の首を抱え込みながら笑う。
 今日は、サークルの飲み会だった。試験続きだった毎日からやっと解放されて、呑みたい気分だったときに誘われたから、やってきたはいいものの、他の学年の連中も同じく試験続きの日々に解放されたばかりのようで、早いピッチでグラスを空けていく。そんな連中と同じように呑み続けていく気になれず、ひとりでしらけていたところに後輩から話しかけられた。首を抱えられている後輩は、照れくさそうに笑っている。
「へえ、彼女できたんだ。オメデト」
 そう言えば、へへっとまた照れくさそうに笑い「ありがとうございます」と言ってきた。
 彼女か…半年ほど前に振って以来自分にはご無沙汰な話題だった。
 さして好きでもなかったけれど、何回か会ったりご飯を食べに行ったりした後に「付き合ってください」と言われ、断る理由もなく付き合った。

 彼女は俺が2人目の彼氏だと言っていたけれど、俺の前の彼氏とは、本格的な彼氏と彼女の付き合いをしていなかったらしく、俺とすることは初めての連続だったらしい。ちょっと県外に出かけただけで「デートだ、デートだ」とにこにこ笑い、名前を呼びかけただけでも嬉しそうに笑った。
実家暮らしだという彼女は俺のために悪戦苦闘して手料理なども作ったりした。味はいまいちだったが、彼女の悪戦苦闘していた姿も考慮して「おいしい」と言えば。嬉しそうに笑った。初めて身体をつなげたときも、痛いだろうに「大丈夫です」と答える彼女にほんの少しだけ心が動いた。それからデートを何回かしたり、俺の家で会ったりしたけれど、やっぱり独り身のほうが楽だよなーと思い、彼女を振った。「好きだったことはない。もうどうでもいい」と。彼女は涙をこらえて、「わかりました」と言って俺の家を出て行った。

 あれから半年か、彼女はどうしているんだろうかと珍しく過去を振り返ってみた。笑えば、まあまあ可愛かったけれど、そんなに可愛い部類には入らないし、気が利かないあいつは今も1人身で俺との思い出を引きずっているのかななんて思った。

「ちょ、ちょっと佐藤大丈夫かよ!?」
 先ほど彼女ができたと皆にはやし立てられていた後輩が呑み過ぎて倒れていた。
「だから、今日はピッチが速すぎるって言ったのに」
「ホント、彼女ができたからって浮かれすぎだよ、まったく」
 お前らが呑ませたんだろうが、と心の中で呟いて、
「俺が送っていこうか?」と聞けば、
「こいつの彼女サンに迎えに来てもらえばいいんじゃね?そしたら、ほら、こいつの彼女の顔も見れて、俺らもこいつを送っていかなくて良くて一石二鳥じゃん」
 まるで名案だと言う風に後輩の一人が言い出せば周りも同調し、その案が押し通された。
 
誰が電話をかけるか揉めに揉めた後、案を言い出したやつが結局かけることになった。やつはいつに泣く緊張しながら「さ、佐藤さんの彼女サンですか?」と電話をかけていた。佐藤の彼女が来てくれることになって、「佐藤の彼女って可愛いのかな?」「いや、でも電話の声は落ち着いた声だったぞ」と。佐藤の彼女像が膨らみきった頃。佐藤の彼女が現れた。
「あの、すみません。明が倒れてるって聞いて来たんですけど・・・」
恐る恐る部屋に入ってきたのは、半年前俺が振った彼女だった。
「あ、佐藤の彼女サン。スミマセンお願いします」
後輩が口々に言うと、彼女は「ほら、明、起きて。帰るよ?」と佐藤に呼びかけ、佐藤も「あ〜優輝さん〜」なんてにやけた。
彼女は佐藤を立ち上がらせ、
「それじゃあ、ご迷惑をおかけ・・・しました。失礼します」
 お詫びを言いながら周りを一望し、彼女は俺を見つけた。彼女の言葉が一瞬止まったが、佐藤を見つめると何事もなかったかのように笑顔で帰っていった。

 あの頃の俺が悪かったなんて思わない。彼女のことも気が変わりやすいやつなんて思わない。男と女なんてそんなもんだ。

title by 狼傷年
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