■それでも愛はあっけない
居酒屋のテーブルの上にぐでーんとのびている愛弓を揺り起こす。
「起きなよー。もう帰るよー?」 身体を揺らしながら言い続ける。
「いくらさ、都会の電車でも終電はあるんだよー」
愛弓は「ああ」とか「うーん」とか答えにならない言葉を繰り返す。
愛弓とは地元からずっと一緒の友達だ。一緒に上京しようと受験勉強を頑張った。地元の終電はとんでもなく早かった。それを思い出すと、都会の公共交通機関ってありがたいなーなんて思う。
「匠海さーん」
揺り起こしている最中で愛弓は別れたばかりの男の名前を口に出す。
「もう別れたんでしょ?メルアドも電話番号も消しちゃったんでしょ?呼んだって来ないから。帰るよー」
更に身体を揺らしても何も返事をしなくなった愛弓に見きりをつけ、無理矢理立ち上がらせ、愛弓を引きずるように歩く。会計も済ませ外に出ると酒で酔った身体に冷たい風が吹く。
「あ、寒ーい」
居酒屋を出た途端に、久しぶりに意味のある言葉を言った愛弓に安堵したのもつかの間、
「匠海さんと初めて会った日もこんな寒い日だったんだよぅ」
過去語りを始めた。
地元では好きな人の話なんてしなかった子が上京した途端恋をした。初恋だった。愛弓が勇気を振り絞って告白してから半年、彼女たちは別れた。理由は「匠海」とやらが、愛弓に対して「胸キュン」しなかったからだとか「なんかどうでもよくなった。1人の方が楽だ」とか言い出したかららしい。
「そんな男忘れてしまえよ」と周りがいくら言っても、愛弓は困ったように笑うだけだ。初めて好きな人が出来て、その人が自分に優しくしてくれる時が片時はあった。忘れようにも忘れられないんだろう。私は彼氏いない歴=年齢な女だから、愛弓の今抱えている苦しみを共感することなんて出来ないけど、でもさ
「私も匠海さんが好きだったんだよ」
べろべろに酔っぱらった友人に語りかける。愛弓は私の言葉なんて理解出来ないだろう。理解しなくていい。
「よっしゃ」
愛弓を抱え駅を目指して歩き出した。
title by 酸素
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