いつか弔う恋だから


 仰向けに寝そべって、少し伸びをする。築50年のアパートの天井はシミだらけで木目を数えることさえ難しい。ふっと目を伏せて、熱を冷ますように深呼吸をした。もうすっかり冬なのに、年中変わらず風呂上がりの身体はじわりと汗ばんでいるから不思議だな。もう一度、深く息をつく。少々暑いくらいだが、苦学生である僕にはクーラーをつける余裕などない。眉を寄せながら、全てを諦めるように身体から力を抜いた。
 今日は随分と疲れてしまったな。先週から始まったグループワークでは気を遣うことばかりだ。不和が生じないように資料集めに精を出していたら昼食を食べ損ねてしまったから腹も空いている。だが、ベッドに投げ出した身体には袋麺を作る気力さえ残っていない。

 「はあ……」

 もういっそ、大学なんて辞めてしまおうか。何度そう思ったことだろう。孤独を恐れて興味のない話に花を咲かせたり、先輩の顔色を窺って安酒を一気飲みしたり、自分を押し殺してコミュニティに迎合することに疲れてしまった。
 僕は元来内気な性格で、興味のあることといえば勉強だけだ。両親の反対を押し切り、借金を背負って、やっと本格的に学べると期待しながら入学した。きっと大学で出会う全ての人は聡明で、日常会話からも学びを得られるはずだろうと胸を躍らせながら。だが、実際に日常的に飛び交う話といえば如何にしてセックスフレンドを作るかとか出会い系アプリで百人斬りを達成したとか下劣極まりないものばかりだった。すぐに離れて、自分に合ったコミュニティを探していれば現状は違ったのかもしれない。だが、僕はそんなコミュニティから背くことさえできなかった。自ら孤立を選んだところで、新しく自分の居場所を見つけられる自信がなかったし、なにより僕も列記とした男であり、性的に未熟であることを周囲に悟られてしまうのが心から怖かったのだ。だから、自分を殺して周囲に合わせることを選んだ。何食わぬ顔で聞き役に周り、下卑た会話から必死に共通認識を読み解く。ドジを踏まないようにできるだけ口数を減らし、いざ発言するときは当たり障りのないことを話して、たまに周囲が引くようなとびきり下劣な発言をする。セックスにも女にも興味のない僕は、こうしてずっと機械的に自分の立場を守り続けてきた。

 「嫌になるな、ほんと……」

 重苦しく寝返りを打った瞬間、枕元に置いていたスマホが短く震えて、軽快な通知音が鳴った。ため息をつきながらスマホを手に取り、画面を表示する。時刻は21時42分。飲みの誘いだったら無視しようと決意して、メッセージアプリを開く。

 「ふふ……」

 トーク履歴の一番上にある名前を確認してすぐに口元がほころぶ。前野からだ。前野から、連絡が来た。こんな時間にメッセージが来るのは久しぶりで、どうしようもないくらいに嬉しくて、胸が甘く痺れる。友人である前野は僕にとってこの大学に入学して良かったと思える唯一の理由だ。すぐにトーク画面に移動して、メッセージを読む。

 「いまからあえない……」

 トーク画面に表示された短い文章を確かめるように声にした。タレ目な彼のふわふわとした茶髪を思い出す。たまらなく切なくて、愛しい。ごくりと生唾の通った喉が、柔らかく引き攣った。
 ふう、と整えるように息を吐いてすぐさま「行く。待ってて」と短く返す。聞かなくても居場所が分かるのは、もう何度も同じやり取りをしているから。どうしたって、この無愛想な文章に惚けてしまうのは前野が今、どんな状況にあって、これから何が起こるのか、もう身体で覚えてしまっているからだ。
 ダメだ。こんなのあいつらと変わらないじゃないか。ベッドから勢いよく身体を起こして首を振る。でも、僕はあいつらと違って前野のことが一等好きだ。前野が僕のことをセックスフレンドだと思っている事実は変わらなくても、僕は前野のことを愛している。自分の情欲の赴くままに呼びつけられるたびに心が少し軋むけど、好きな人の我儘にはできるだけ応えたい。それに前野は僕自身に全く興味がないだろうに、休日わざわざ僕の好きそうなところへ連れ出してくれるし、これは等価交換なのだ。
 そして、僕の嫌いな人たちと同じように前野が僕をセックスフレンドとして扱っていても僕は前野が大好きで、再びシャワー室へ出向く足取りは軽やかだった。


◇◇◇

 たらり、と口の端から溢れた涎が顎をつたう。

 「……っはぁ… ♡はむ…っ、ん、むぶっ… ♡」

 ベッドに腰を掛けた前野のそばにぺたりと座り込み、股間に顔を埋める。いつも通り僕が到着した時には既に勃起していた前野のチンポを頬張り、熱々の唾液を絡ませるように舐めしゃぶった。家具の少ない殺風景なワンルームにじゅるじゅると音が響いて、自分が行っていることのいやらしさに眩暈がする。伏せていた目を薄く開いて前野の様子を伺うと、眉間に皺を寄せながら浅い呼吸を繰り返していて、慣らしてきたアナルがきゅう、と切なく疼いた。僕が与える拙い快楽に息を荒げる前野はこの世のなによりも可愛い。もう何度も同じような時を過ごしたのに毎回愛おしさに胸が震えるのだから恋は厄介だ。
 前野が好きなタイミングですぐに挿入できるように、先走りでシミができてしまったゆるいスウェットを少しずらして、準備万端のアナルに再び指を突っ込む。くちゅくちゅと鳴る卑猥な音に耳を塞ぎたくなるが、指がふやけそうなほど熱く、すっかり濡れそぼっている孔内が誇らしい。前立腺を柔く刺激すると熱々の腸壁がうねって、搾り取るような動きをする。よし、今回も完璧だ。そこらへんの女なんかより、絶対に僕のほうが前野を満たすことができる。

 「ん… ♡むぶっ…… ♡じゅるっ♡んぅ… ♡」
 「っ…、口、離して」

 前野が悩ましげな声を出しながら、僕の髪を撫でる。少々口惜しいが、裏筋を撫でるように刺激しながら我慢汁を啜り、唾液と一緒に飲み込んだ。

 「ぷぁっ… ♡はっ、はっ……」
 「っはあ、乗って」
 「わかった…はっ……はっ……あっ!っひぁっ♡っう、っお゛… ♡っんふ…ふっ…… ♡」

 見せつけるように跨って、亀頭をアナルの縁に引っ掛けた瞬間、腰を引き寄せられ勢いよく穿たれ、か、軽くイッてしまった…… ♡前野のちんぽ、すごい…… ♡
 無遠慮な腰使いに下腹が疼いて、擦られるたびに獣のような汚い声が出そうになってしまう。唇をきゅっと結んで、しがみつくように前野の首に腕を回した。
 前野の身体が、燃えるように熱い。好きだ。僕の腰を掴む手も、耳元にかかる息も、すべてが好きだ。もう絶対に離れたくない。そう思うほど、この男の心が決して手に入らない事実に涙がこぼれそうになる。でも、前野に飽きられなければこの関係はこれからも続くだろうから、僕は気を抜いてはならないのだ。これからもずっと僕の身体を欲しがるように、僕は前野にとって最高のオナホでなければならない。前野の動きに合わせるようにゆさゆさと腰を振る。いつか必ず弔う恋だから、今だけはどうか許してほしい。首にしがみついたまま、そっと髪にキスをした。
 射精が近いのか、前野が突然激しく揺さぶりはじめる。このままではすぐに白目を向いて善がってしまうから、バレないように腰を引いて快感を逃した。

 「こら、逃げちゃダメ」
 「んぉ゛っ…… ♡っく… ♡や、っ♡あんっ♡やぁっ… ♡」
 「ほら、もっと」
 「ひっ♡ぉ゛っ…お゛ぉっほ… ♡」

 逃げられないように腰を固定されて最奥を穿たれ、あまりの快楽に上を向いて喉仏を晒す。ピストンされるたび身勝手に孔内が痙攣して情けない。
 しっかりしなければ、と正気を取り戻そうとしてもガチガチに勃起した凶悪チンポに前立腺をいじめられるとすぐに白目を剥いてしまう。
 (お、オナホである僕の役目は、チンポを可愛がることなのに…っ♡自分勝手に気持ちよくなってはダメなのに……っ♡)

 「ひぁ゛…、あ゛っ… ♡っん、あ゛ぁ゛♡らえ…っ♡こっ、こえ、やらぁ゛… ♡」
 「やだ?なんで?」
 「きもちっ…からっ…… ♡はぁ♡んっ…んっ♡はぇ゛… ♡ぉ゛っ… ♡」
 「きもちいとなんでだめなの?」
 「しゅ、ぅ… ♡すぐっ♡イくからぁ♡ぼ、ぼくはっ…前野の、オナホなのに…っ♡」
 「は…?」
 「んえ…?」

 前野と抱き合ったままの状態で、沈黙が訪れる。まずい、よくわからないけど、間違えてしまった。汚い声を出しすぎてしまったのだろうか。それとも、僕はオナホではなく、それ以下の、精液をコキ捨てるためだけの肉便器だったのだろうか。僕以外とセックスしている様子がなかったから、てっきり僕は前野の専用オナホなのだと勘違いしてしまっていた。完全に嫌われてしまったかもしれない。そう考えると既に心が張り裂けそうだが、今すぐ前言撤回してご奉仕したら絶縁は免れるかもしれない。
 ぎゅっと抱きしめていた腕を解いて、未だに沈黙を貫いている前野の様子を伺う。

 「……あ、あの……っ」
 「涼ちゃん……」
 「っ、はい……」
 「涼ちゃんは、自分のことオナホだと思ってたの」
 「う、っ…うん。ごめんな、勘違いしちゃって。ぼくは、ただの肉便器なのに」
 「……肉便器」
 「ぼ、ぼく、あの、ほんとにごめん。前野は友達多いのに、他の誰ともセ…ックスしてないみたいだったから、っその、愛用?されてる気分になっちゃって……でも、なおすから、悪いところちゃんとぜんぶ、なおすからっ……」
  
 足りない頭で必死に考えるが、言葉が胸につっかえて声がひしゃげる。どうしよう、このままでは嫌われてしまう。早く謝罪しなければと焦るほど目頭が熱くなって視界がボヤけた。
 せめて涙だけは見られないようにと俯いた瞬間、掬うように手を握られる。暖かい。まだ、好きでいてもいいのかな。繋がったままだった結合部がきゅ、と蠢いた。こんな時にまで興奮してしまうだなんて情けなくて誤魔化すように顔を逸らした刹那、柔らかく、唇を食まれてしまった。触れていたのはたった一瞬だったのに身体のうちが、ふつふつと沸騰していくのがわかる。
 ああ、だめだ。言葉が、気持ちが、ゆっくりと溢れていく。

 「……ぼく、まだ、前野のこと、好きでいてもいいの……」
 「もちろん、いーよ」
 「……もう二度と、勘違いしないようにする」
 「いや、……。……じゃあ、今から俺が涼ちゃんのことどう思ってるか教えるから、ちゃんと正しく覚えてね」

◇◇◇

 だめだ、もう耐えられない。快楽から逃れたくて、手を伸ばして自らの陰茎を一生懸命擦る。

 「んっ……う、♡まえのっ……はっ、もうっ……これ、やだぁ……」

 あれから僕は背面座位の状態で前野にぐりぐりと前立腺を責め立てられている。絶え間なく与えられる快楽に内腿の痙攣が止まらずどうしようもない。いたずらに指で弾かれる乳首は焦点のズレはじめた目で確認しなくてもわかるほど勃ちあがっている。
 それに加え、陰茎に装着された貞操帯のせいで、いつもは垂れ流し放題の精液を出すこともできず、かといってメスイキできるほどの快感を与えてもらえるわけでもない。だらだらとカウパーを流しながら、不意に耳を舐められてたまらずヘコヘコと腰を揺らせば足を絡められて制止される始末。
 見た目にそぐわず即物的なところに愛着を抱いていたのに、こんな卑怯なことをするなんて、やっぱり怒っているのだろうか。
僕の首筋に夢中でキスをしていた前野が舌で耳朶をつうっとなぞって、そっと囁く。

 「ね、涼ちゃんもう出したい?」
 「んっ……、うんっ♡だしたいっ♡だしたい……っ♡」
 「じゃあ質問ね、涼ちゃんは俺のなんなんだっけ?」
 「…ふぇ… ♡ん、うあ…… ♡」
 「わかんない?」
 「ふっ、♡お、オナ、っんうぅ゛!?♡」
 「不正解、もう間違えないんじゃなかったの?」
 「っらってぇ……っ♡ふ、ふっ…はぁっ♡あっ!?♡あぁ゛ っ♡ちくびっ…ちくび、やぁあ…… ♡」
 「正解できないなら、このままずっとおっぱいだけね」
 「っお゛…っ… ♡っぐ… ♡むりっ…や、っ…!まえ、っぉ゛お、♡っやぁ、も… ♡だしたい… ♡前野も、いっしょに…… ♡」

 絶え間なく僕の全身をもみくちゃにしていた前野がピタ、と止まる。ま、まずい。僕はまた萎えるようなことを言ってしまったのだろうか。
 強引に顎を掴まれ、ぐい、と後ろを向かされる。引き寄せられるように視線が交わって、そこで、あ… ♡と気づく。いつもの前野だ。自分の快楽のことしか考えていない、僕のことを肉としてしか見ていない発情しきった表情をしている。

  「……ヒントあげるから、ちゃんと自分で考えて」
 「うん、…っん♡んむ……っ♡っぷぁ… ♡っは♡れぅ… ♡んぅ♡ ♡」

 何をされるのかと思ったら、いきなり唇を奪われて容赦なく舌で口内を蹂躙されてしまい、咥え込んだままだった前野の陰茎をきゅぅううう… ♡と締め付けて甘イキしてしまった。
 (キス、きもちい… ♡前野と……キス…… ♡)
 前野はよく僕の身体に噛み跡をつけるのだが、その割に今まであまりキスをしたがることはなかった。僕はといえば、キスしたいという思いはあれど拒否されることが怖くて求めることができず、よく密かにバイブを突っ込んだまま自分の手の甲にキスをして何度も前野とのキスハメ妄想でオナニーしていたのだ。口付けられるたびに、こんな僥倖あっていいのかと涙が溢れそうになる。
 弄ぶように上顎をなぞられたり、ぬちゅぬちゅと舌を絡め唾液をたくさん絡めあったりして、動かれていないのに忙しなくおまんこが震えてしまう。酸欠で脳も身体もくにゃくにゃに解けてしまってもう気持ちいいこと以外なにもわからない。依然として貞操帯をつけられたままの陰茎が辛いが、はへはへと舌を放り出したまま犬のように呼吸をすると前野がまたキスをしてくれるのが嬉しくて夢中でおねだりしてしまい、ベロキスの気持ちよさをたっぷり教え込まれてしまった。
 舌を突き出すように促されて一生懸命に舌を伸ばすと、舌先をつつくように刺激される。もっと… ♡と顔を近づけようとしても、ちろちろと舌先だけを絡めるばかりで、一向に深く口づけてもらえない。明らかにはじめてのキスにはしゃいでいる僕をからかっているのだとわかるのに、濃厚なベロチューで甘イキすることを覚えてしまった身体はどうしようもなく快楽に素直で、くいくいと前立腺を擦るように尻を押し付けてしまう。
 たらりと唾液をしたたらせながら、前野に弄ばれる舌先を眺めていると不意にちゅぽっ♡と突き出していた舌を吸われ、雷に撃たれたように脳がスパークする。目の前がチカチカして、媚びるようなおまんこの痙攣がとまらない。
 (うう… ♡お遊びみたいなキスで………っ♡ ♡イッてしまった……っ♡)
 それからまた何度か舌先を嬲られたり、いたずらに舌を吸われての繰り返し。三回目を超えたあたりからおまんこをいじめてもらいたいというマゾメス欲求が飽和してそれ以外のことは何も考えられなくなってしまった。
 朦朧とする意識のなかで浅い呼吸を繰り返しながら、もう一度誘うように前野を見る。

 「……なに、その顔。自分がどう思われてるかわかった?」
 「っは、ん、っ♡んぅ… ♡わかんない…っ」
 「ほんとにまだわかんないの?」
 「んぁ… ♡わかんにゃいいっ… ♡」
 「じゃあ、もっかい」
 「ん…っむっ♡ふ、んちゅ♡」
 「気持ちいい?」
 「うん…っ♡きもち… ♡すき… ♡」
 「ふふ、俺も」

 即座に深く口付けられて、動揺して舌がもつれてしまった。この男、いま僕に好きだと言ったのか?

 「んっ… ♡んむっ… ♡は、は… ♡まっ、やめ… ♡まって…… ♡」
 「ん、なに?」
 「いま、……すきって……」
 「うん、好きだよ」
 「いつから…?」
 「話すと長くなるけど、出会う前から?」
 「あ、ありえないっ…そんな、ぼく…んむっ…… ♡は、おいやめっ…む…っ♡」

 抗議しようとするたびに口を塞がれて、なかなか話すことができない。

 「へへ……かわい…… ♡はは、ん、……ふふ、さっきから締めつけすごいなー…… ♡」
 「も、…やっ、……うるさい……」
 「ねえ、両思いだよ…っ♡ほら、いっぱい突いてあげる…っ」
 「はぁ゛っ♡あ…っ♡やらっ……♡もっ……メスイキやぁ、あぁ゛…っ♡」
 「俺たちずっと恋人だよ…… ♡」
 「んぉ゛っ…… ♡そんな゛っ…わけ…… ♡ない゛っ……… ♡」
 「信じられない……?」
 「ん…… ♡」
 「じゃあ、信じられるようにたくさん気持ちよくしてあげるね…… ♡」

 よしよし、辛かったねと赤子をあやすような口調で前野は僕の頬を撫でる。すでにキャパオーバーになってしまっている身体はそれだけでたまらなく熱く疼く。
 酷い……。僕のことが本当に好きなら、どうして今まで一度も好きだと言ってくれなかったんだ。それに、キスだって……。
 丁寧な手つきで僕の頭を撫でながら、前野が再び口を開いた。

 「俺ね、ずっと涼ちゃんに求められたかったんだ」
 「え、……?」
 「俺に甘えてほしくて……。でも涼ちゃん、もうすぐ出会って一年になるのに名前すら呼んでくれないじゃん……」
 「そ、れは、すまなかった……」
 「ううん、涼ちゃんが謝ることじゃないよ。真面目で凛とした涼ちゃんが、俺の手で前後不覚になって、前野すきすきって縋ってくるのが嬉しくて、身体ばかり求めて、勘違いさせてた俺のほうが悪いから……。ごめんね、本当に」
 「ん……。僕、やっぱり勘違いしてたのか……」
 「違うよ、俺が勘違いさせてたの。……ずっと甘えてたの、俺のほうだったね。ごめんね、今から、涼ちゃんがしたいことしよっか」
 「そんな……僕は前野と一緒にいられるだけで……っ」

 自らが言いかけたことが気恥ずかしくなって、咄嗟に言い淀む。柔らかく微笑んだ前野が耳元で「俺も同じ気持ちだよ」と囁いた。耳にかかる吐息が熱を帯びていて、嫌でも自分に向けられた好意を意識してしまう。

 「ねえ、涼ちゃん……」
 「どうした?」
 「すき……だいすき……」
 「んう…… ♡」
 「ふふ、涼ちゃんは?」
 「す、……」
 「うん」
 「す、すきだ……」

 張り詰めた声でそう返すと、前野は満足そうに笑って、とんとんと軽いピストンを再開しはじめた。甘やかすような律動に身体全体が慄く。はあ、と熱い息が漏れて、自分の声が段々と色づいていくのがわかった。

 「ここ、わかる……?涼ちゃんが好きなとこ……とんとんって……」
 「ふ…… ♡……ん、…… ♡んん……」
 「ふふ…これ好き……?」
 「あっ…… ♡……ん、んん……すき…… ♡……前野、もっと…… ♡」
 「ん、いいよ……とんとん…… ♡とんとん…… ♡」

 散々甘やかされてしまった内壁が打ち震えて、絶頂ヘ上り詰めていく。

 「ふ、ふっ…まえの、も、イっていい……?」
 「はやいね… ♡いいよ、いっぱい突くね… ♡」
 「は、は……すきっ…まえの……まえのっ… ♡」

 俺も。甘く掠れた声でそう囁かれた瞬間、爪先を丸めたまま絶頂する。脳の奥底から煮えたぎるように甘いなにかが溢れて、じわりと意識を白く塗りつぶした。
 前野が僕を好き…?本当に?未だに信じられないけど、今日はたくさん、キ、キス……してもらえた。 
 僕をぎゅうっと抱きしめながら前野が一生懸命腰を振る。くちゃくちゃと粘膜が擦り合わされて、僕と前野の輪郭が限りなく曖昧になっていた。

 「これから、たくさん伝えるね。だいすきだって、俺のぜんぶで」
 「ん……」

(了)  
  
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