彼がいなくなってから、鏡をみるのが日課になった。体中、あちこちについたしるし。痛くはない。
ただ、ほんのすこしだけ辛かった。
見えないキズ
いつも出会えば、口喧嘩ではすまない関係だったはずなのに、体を重ねるようになったのはいつからだろう。
誘ったのは俺…だったような気がするが、正直なところよく覚えていない。というか、遊び半分で彼の手を引いてみただけだった。
そのころは、好きとか愛とかそんなもの、俺は持ち合わせていなかったし、相手だってそんなの承知だったはずだ。
「なのに……。俺が先に溺れるなんて、らしくない。」
俺は常に主導権を握っていたい。自分の采配通りに物事がすすむのが可笑しくてたまらない。
だから、平和島静雄も俺の思い通りにしたかった…はずなのだけど。
何回目かの夜に、俺の名前をつぶやいた、彼の声が忘れられなかった。
『いざ、や…。』
たった三文字なのだけれど、普段の彼からは想像しがたい、優しく柔らかな声だった。
俺は、俺自身が彼の虜になって、彼にふりまわされるのが許せなかった。
だからしょうもない嘘をつき続ける。
「シズちゃんなんて、嫌いだよ。」
「俺に愛されてるとか、勘違いはしないでよね。」
「いつ、死んでくれるの?」
俺が愛とは真逆の言葉を呟くたびに彼は暴力的になるのに、俺が喘ぐたびに彼は優しい口づけを全身に落としていく。
そして最後には、きまって「ごめん。」と消え入りそうな声で呟くのだ。
ねえ、その謝罪は何に対しての謝罪なの?
こんな疑問を、言えずに飲み込んで消化して。俺はただ、隣にいる愛しい人の温もりを貪るだけ。
体中に示された青色と赤色のしるし。
どちらが、本当の君の気持ちなのか。
君からもらったあかしは、ちっとも痛くはないのだけれど、ただ少しだけ胸のあたりが痛くなるのです。
end
両片思い切ない