その姿をみたのは、いつ以来だったか。最後に会ったのはもうずいぶん前のことのような気がする。実際、あいつを最後に見てから何日も何ヶ月も何年もたっていた。


会いたくて


その存在を伝えてくれたのは、数ヶ月前に俺を倒し、いずれはチャンピオンになるだろう女の子だった。

「どうやら、シロガネ山は出るらしいんです!」

深刻な顔でその少女は俺に語りだした。

「私はまだ入れないんで、うわさ…あくまで噂なんですよ。どうやら、若い黒髪の男性が夜な夜なバトルをしかけてくるそうな…。」

「それ、どこが怖いの?」

あまりにも幽霊には程遠い話に、笑いながら聞き返す。バトルをしかけてくるなら、只のトレーナーだろう。

「そのお化けは喋らないし、はっきり顔がみえないし、なにより馬鹿みたいに強いんですよっ!!」

息を荒げるコトネをみて、強いトレーナーと期待されていても、やっぱり子供なのだと実感する。
適当にあいづちをうちながら、手持ちの毛繕いをする。

ポケモンと触れあっているときが、一番幸せだ。あと、最近はコトネやヒビキがちょっかいをかけにくるのも嫌ではない。
…あいつのことを、考えなくていいから。

気持ちよさそうに手のなかでふるえるイーブイを、何回も撫でてやる。

「あっ、特徴がまだありました!黒髪短髪でしょ、赤い帽子に、赤い服…あとは……。」

コトネがそこまで言って、動悸が早くなるのを感じる。まさか…いや、そんなはずはない。

「ありえないくらい強い、ピカチュウが手持ちらしいです!」

コトネが、どうだと言わんばかりに声を張った。その紅潮した頬とは反して、俺の手は冷たく震えはじめた。
だって、ずっと前に諦めた存在だというのに。どうして?

「…グリーンさん?怖い話、苦手でしたか?」

「…あ、いや…。いや、大丈夫、だ。」

「そうですか…。じゃあ私、そろそろ帰りますね。」

コトネに心配されるくらいである。どれだけ自分は蒼白な顔つきだったのだろうか。あるいは、泣きそうな顔だったかもしれない。

コトネが帰ってすぐ、準備を始めた。もちろん登山のための。
彼女が帰るときに残した言葉がどうしても気になるのだ。

『バトルが終わると消えちゃうから、幽霊ってよばれてるんですよねー。』

消える。
その言葉はずしりと心にのしかかった。
赤い彼が、消える…?

その噂の幽霊の特徴は、俺の思い人にあまりにも似ていた。
忘れよう、諦めようと思っていたが、死だけは認めたくなかった。あいつはきっと何処かで生きている。そう信じていた。

しかし、万が一コトネの語る幽霊が彼だとしたら?

不安は影をひろめるだけで、胸からでていってくれやしない。


シロガネ山は俺のジムと目と鼻の距離にある。幸い今日のうちはもう挑戦者もこなそうだ。俺は数日ジムを開けると伝え、その日のうちに目的地へと向かった。

「人が住むとこじゃねえ…。」

ポツリとつぶやいた後、改めて思う。本当にあいつはこんな山奥で生き延びているのだろうか。

「雪だし、寒いし、歩きづらいし。ていうか寒いし。」

なんで来たのかと疑問を抱きながら、途中で不満を呟きつつも、頂上へとたどり着いた。
周りをぐるっと見渡すが、彼らしき姿はどこにもない。やはり、デマだったのだろう。
会えなかった淋しさと、彼が生きている望みが繋がった嬉しさがいりまじり、鼻がつんとする。


「ばかレッド…。」


我慢していた思いがあふれだしそうになって、上を向く。青空が目にしみて痛い。

会いたい。なんて、ずっと思っていた。思い続けていた。
もう、いいんだ。と、思いこんでいただけだったんだから。


「会いてぇ、よ。馬鹿野郎。」

「…誰に?」


呟いて、足元の雪に目を落としたときだった。
俺のすぐ後ろから声がした。
聞き慣れたアルトボイス。
大好きな声。求め続けていた声。
振り向けば、まぶしい赤が視界に広がる。

「お前に…。」

抱きしめてほしかった。
キスをしてほしかった。
話を聞いてほしかった。

なによりも、会いたかった。

だけど言葉は続かなくて、彼は困ったように笑った。

「………ごめん。勝手にいなくなって。」

「…許さねー。」

「……来てくれて、嬉しい。」

「…来たくて来たんじゃない。」

「………ずっと、会いたかった。」

「ふ…ざけんな…。」

レッドが言った言葉は、何より俺が伝えたかった言葉で、溢れ出る涙が止まらない。
何が会いたかっただ。俺がどれだけ、お前を探して心配して、何度涙を流したかなんてしらないんだろう?



「…俺っ…、噂、…お前がっ……死んだか、と…思っ………。」

「噂?…何それ?死んでないし。」

「…いいよ、もう。……もう、何処にも、いくな。」

途切れ途切れの言葉でそう伝え、レッドの服を掴んだ。
離さない。離したくない。
手が震える程に強く握りしめていると、レッドが俺の肩を優しくだいた。

「………極力、そうする。」

彼らしい返事になんだか可笑しくなる。手から伝わる暖かさで心が落ち着く。

「会いたかった。」

ずっと言いたかった言葉は、言い終わるか終わらないかのうちに、彼の口によって塞がれていた。



寒い雪山に、白い二つの息が混じり合って流れていく。

俺はもう一度、彼をぎゅうっと握りしめた。


後少し、このままで。

END





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