志摩の声を聞けるだけでよかった。
奥村くん、ほんまあほやなぁって、言ってくれるだけでよかった。
俺なんかと会話をしてくれることが嬉しかった。
もっと、と願ってしまった。
俺は本当にいけないやつだと、情けなくなった。
「雪男、なあー…雪男ぉ。」
「何?お腹すいたの?」
「ちげえよ馬鹿!なんかさー…最近心臓痛い。」
「…え?大丈夫なの?」
「…わかんねぇ。」
常に痛いわけじゃないんだ。
志摩としばらく会ってかなかったり、あいつがしえみとかマロマユ以外の女と話をしていると、泣きたくなるくらいに心臓が痛くなるんだ。
俺はおかしくなってしまったのか。
俺はこんなに弱い生き物だったのか。
ぶつぶつと独り言のように呟いていると、雪男が呆れたかのように、大きなため息を1つついた。
「兄さん、それは…。」
「それは?」
何かをいいかけて、雪男は俺から目をそらし口を噤んだ。
「いや、何でもない。」
「は?いえよ!」
「…今の兄さんには、いらないものだよ。」
「はぁ!?意味わかんねえ…。」
今の俺には必要ない気持ち?
そんなことを言われても、胸のざわつきは収まらない。まして、この感情がいらないのならば、志摩も俺には必要ないのだろうかと考えてみると、余計に心臓の奥がざわついた。
「お前を頼った俺が馬鹿だったよ。この眼鏡っ!」
「眼鏡は関係ないだろう!?」
だいたい兄さんは…。と、雪男が説教を始める前に、俺はそそくさと寮を後にした。
「…んだよこれ、気持ち悪ぃ。」
行く宛もなく公園のブランコに座り、ぐだぐだと時が流れるのを待つ。時間がたっても考えが勝手にまとまることはなく、どちらかと言えば渦巻いて絡まって、ますますほどけなくなっていった。
「あれ?奥村君ちゃいますん?」
聞き慣れた京都訛りが脳内をかけぬけ、一気に胸がざわついた。声の方を向けば、やはりそこには志摩がいた。
「何してはるの?」
「…頭、冷やしてた。」
「ふうん。…いつもより元気ないみたいやなぁ。」
「んなこたねぇよ。」
どうも真っ直ぐ彼の瞳を見ることができない。
どうしてかと言われても、自分でもよくわからないのだから困ったものである。
「なぁ、志摩。」
と、俺は問いかけた。
自分から話しかけていてもなお、彼のことを真っ直ぐに見ることができない。
「誰かのことばかり考えて、頭ん中こんがらがんのって、何でだ?」
「それはー…よっぽど、その“誰かさん”のことが嫌いか…。」
「嫌い、か?」
「好きなんちゃいますか?」
志摩の声が脳内をぐるぐると渦巻いて、同時に顔が暑くなっていくのを嫌というほどに感じた。
認めてはいけない感情は、もう俺の中で確実に認知され、高鳴る鼓動は収まろうとしない。
「奥村くん…?どないしたん。具合でも悪いんか?」
「だ、大丈夫だ。」
ぎこちなく笑って返すと、志摩は不審そうな顔つきをした。
どうしたものかと考えていると、彼の手が俺の方に伸びてきて、止めるまもなく額に優しくふれた。
「熱、ありそうやで。」
普通に考えれば、俺を心配してくれているだけだということくらい、簡単にわかるはずだけれど、どうもそうはいかなかった。
俺は彼の優しい手を、力任せに振り払い、やってきた道を全速力で逆戻りした。
志摩は何か言っていただろうか、どんな顔をしていただろうか。何も思い出せず、好きという言葉だけが全身をかけめぐっていた。
ただ傍にいてくれたらそれだけでよかった俺はいつの間にかそれ以上を求めていたらしい。
(気づいてしまえば、ひどく単純なことだった。)