今日は授業が早く終わったから、いつも通り学校の校門のあたりでみんなと別れて、俺は自分の部屋に向かう予定だった。


あの人の味



「俺、奥村くんの部屋いってみたいなー。」

じゃあ、また明日なと言う寸前に、志摩がそう呟いた。
志摩が来るというよりは、友達が部屋にやって来るという事実に口元が緩む。

「いいぞ!来いよ!」
「奥村先生と同室なんでしたっけ。」
「おう。あいつのスペア眼鏡はすごい!」
「…眼鏡にスペアがあるんやね。」

志摩と俺の会話につられて、子猫丸が吹き出した。
俺は勝呂と子猫丸も誘って、部屋に行くことにした。
しえみも行きたそうにしていたけれど、今日は用事があるといっていたし、男四人の中には入りづらかったのかもしれない。



「うわー……、ボロっ。」

志摩の第一声はそれだった。しょうがないだろといいながら部屋に案内する。
部屋といってもベッドと机があるだけなので、特に変わったものがあるという訳でもない。四人が座れば床も狭く感じる程だ。


「奥村くんはポスターとかはらないんやねぇ。」
「アイドルとか興味ねえ。」
「志摩は水着のアイドル貼ってるよな。」
「ちょっと坊!ばらさんといてくださいなー!」
「僕は猫の写真がさっとりますよー。癒しですね。」
「子猫丸は猫が好きなんだな!」

他愛もない会話だが、最初はこの会話すらできなかった。というよりも、しばらくしたことがなかった。中学も話をする奴はいたけど、友達だったかと言われれば違うような気がする。


「ねぇ、奥村くん。おなか減ったんやけどなんかないん?」
「おい志摩、遠慮しいや。」
「いいですやーん。奥村くんのご飯は美味しいから好きですし。」

志摩の好きという言葉に、微かに反応してしまう。『みんなには内緒っちゅうことで。』と志摩に言われたのは、つい二、三日前の事だった。誰もいない教室で唇をかさね、秘密の約束をしたのが鮮明に思い出された。

「料理なら、食堂でつくれるぞ。」
「ほんまですか?じゃあ作ってくれるん?」
「んー…志摩が作れよ。」
「えっ?堪忍してえな。俺料理苦手なんですわ。」
「そんなことないやろ。なぁ、子猫。」
「ええ。志摩さんは器用ですから。」
「坊ー!子猫さんまで…!」
「決まりだな!志摩の手料理初めて食べるから、楽しみだ!」
「じゃあ俺と子猫は部屋でまっとるわ。」

志摩は不満げであったが、俺が食堂に連れて行くと冷蔵庫にあるもので献立を考え、そつなく料理をこなしていった。

「あーあー…奥村くんの手料理が食べたかったわぁ。自分の作った飯なんて、何も美味くないですやん。」

志摩はそう不満をもらしたが、俺だって志摩の料理が食べたかったのだ。好きな人の手料理なら、味は関係なしに食べてみたいと思うし、作ってくれたその気持ちが嬉しい。

「今度は俺が作ってやるよ。」
「ほんまですか?」
「あっ……あと。」
「ん?」
「今度は、二人きり…がいい。」
いつから俺はこんなに欲張りになってしまったのか。友達も恋人も、出来てしまえばもっともっとと関係を求めてしまう。俺は、やっと出来たこの居場所を、簡単に諦めたくないのだ。

「…奥村くん、あーん。」
「えっ、あ、あーん。」

志摩の作った料理をスプーン一杯分差し出されて、反射的に口をあける。彼の作った料理は俺好みの味で(というより彼が作ったから俺好みなのかもしれないが)、自然と口元が緩む。

「どーですか?味。」
「好きな味だ!」
「ほんまに?」

おう、と答えようとしたとき志摩に唇をふさがれてしまった。
教室でしたときよりも深い口付けに、思考がどろどろに溶けていく。


「…っ、ふぁ……し、ま?」


焦点の定まらない目で、唇から離れた彼を見つめる。

「んー…やっぱり、奥村くんの料理のほうが美味しいですわ。」
「…そうか?」
「だから…。」

志摩が何かを言いかけて、今度は振れるだけのキスを俺のまぶたに残していった。



「だからですね、今度は二人で。そん時に、奥村くんが美味しいご飯作ってくれへんかな?」
「…おう。」

志摩の柔らかい笑顔に、胸のあたりがじーんとして、なんだか恥ずかしくて目をそらしてしまった。

「さて、ご飯もっていきましょか!」

そう言って、志摩は左手に盆をもち右手で俺の手を優しく握った。

END

志摩さんの料理は平々凡々





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