鼻孔をくすぐるいい香りが奥の方からする。僕は最近になって、この香りの中毒になってしまったらしい。
住み慣れた土地を旅立つまでは、本や机とにらめっこばかりしていた。知識だけを無駄につめこみ、外のことを知ったようなフリだけしていた僕に、リアルな世界は沢山の衝撃をあたえてくれた。


その中でも一番僕の心を掴んで離さないのは、デントさんが入れてくれる紅茶の香りだった。


「今日は、レモンティーだよ。」

柔らかく微笑みながら、僕の分と自分の分のカップを、手際よくテーブルに並べる。


「ありがとうございます。」
「僕も一緒していいかな?」
「もちろん。」


今のところジムに客は少ないようで、デントさんが僕とお茶をしていても他の二人は別段咎めようとしなかった。

「今日はどうしたのかな?」
「…とくに、何も。」
「そう。最近調子は?」
「トウヤにはまだまだ劣ります。」
「そんなこと無いと思うけど。」
「…いいえ。」

ぽつりぽつりと、会話を繋いでいく。この紅茶は何ていう名前だっただろう。正直お茶の名前は何度聞いても覚えられない。けれど、この人の入れる紅茶以外はどうも好きになれないのが、不思議でたまらない。


「ねぇ、デントさん。」
「はい。」
「僕はこのままで、いいのでしょうか。」


具体的に「何が」という言い方ができないことが少し気恥ずかしい感じがして、慌てて紅茶を口に運んだ。


「んー…、よく分からないけど。いいんじゃないかなぁ。」
「……はぁ。」


気の抜けた答えに、思いがけずこちらも気の抜けた応えをしてしまう。


「僕はね、真っ直ぐなチェレン君も、悩むチェレン君も、全て好きだからさ。」


ほんのりと頬を染めてそう呟いた彼をみて、こちらの方が恥ずかしくなってしまう。

(真っ直ぐなのは、あなたのほうだ。)

思うだけで口には出さず、ティーカップを手に取ると、もう中身は無くなっていた。


「おかわりいる?」
「今日はもう帰ります。」
「そう。そこまで送るよ。」


彼が扉を開けてくれたので、先に外にでて扉が閉まらないように支える。ありがとうと言いながら、彼もジムの外に出た。

「ねぇ、チェレン君。」

声をかけられると同時に手を優しく握られる。彼が言いたいことは、言わずともわかる。
彼の細い指を絡めて、ぎゅうっと握り返す。


「また…。また、すぐ来ますから。」
「うん。」


俯く彼のまぶたにそっと口づけを落とす。人の目を気にして、彼が望んでいた場所にそれをしない僕は本当に臆病者だ、と頭の片隅で考えて、自己嫌悪。


「チェレン君…ありがとう。」


そんな僕の思いを知ってか知らずか、彼は僕の顔を真っ直ぐに見つめて今日最高の笑顔で微笑んだ。



ふあんていだけど


君がいいと言うのだから、今はそれでもいいと思った。



END
チェレデンって新境地すぎて!
でも楽しかった!

チェレンの奥手野郎!!!





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