生きている中で、危険は常に付き物である。特に此処―池袋では日常と、非日常がとなりあわせだ。
僕は非日常を求めている池袋を歩くわけだけれど、やっぱり自分の身は可愛いのである。
危険予測
学校帰り、いつもと変わらない通学路。日常の一部を歩き家路につこうとしていたとき、右のほうから非日常が飛び出してきた。
正確には飛ばされてきた、なのだが。
背筋がぞくっとする。反射的に右側に顔を向けると、目立つ金髪にバーテン服がたっていた。
(今日は、何で怒っているんだろう…。)
視線を右から左へと動かし、砕け散ったコンクリートとひしゃげたゴミ箱をみる。今日もまた、片付けが大変そうだ。
静雄さんの怒りの原因はすぐに判明した。
「ひっどいなあ、シズちゃん。俺を殺す気?」
人を哀れむような、蔑むような、挑発するようなその声は、何者もない。折原臨也だ。
「殺す気だ。」
きっぱりと、そう言って、というか叫んでから、静雄さんはガードレールに手をかけた。と、同時に臨也さんが声を上げる。
「あー!帝人君じゃーん!!」
「ど…どうも。」
いつの間にか詰められたら間合いは、余りに近すぎて下手をすれば、唇が触れてしまいそうだった。
「えー!何々?何してんの?危ないよ!シズちゃんったら、この俺を殺す気だから、巻き添えくらっちゃうかもよ!?危ないよ!参っちゃうよね、ホント。」
明るい声とは裏腹に、視線は凍り付くように平和島静雄を睨みつける。
僕の肩に置かれた手には力がはいっており、少し痛い。
「臨也君よぉ、竜ヶ峰から離れようぜえ!」
首やら、額やらに青筋を浮かべた静雄さんはいつガードレールをひきぬくか分かったもんじゃない。流石に僕も、自分の身を危険にさらしてまで非日常を求めているわけではないので、必死に臨也さんから離れようとするが、肩に置かれた手は抵抗する僕を押さえつけ、最終的には臨也さんに抱きしめられる形になってしまった。
「帝人君がシズちゃんなんかに殺されるのは嫌だけど、離れるのはもっと嫌なんだよねー。」
「手前ぇ…。」
ミシリ、と漫画でしか聞かないような音が路地にこだまする。
(やばい、このままじゃ、あのガードレールが危ない!)
人間テンパると、どうでもいいことを考えてしまうものだと僕は身をもって実感した。今案ずべきは自らの命だというのに、口からでたのはこの言葉。
「ガードレールの修理費って、高いかもしれない!!!!」
ミシリという音がとまり、静雄さんと臨也さんが同時にクエスチョンマークを頭上に浮かべるが、僕は言葉を止めない。
「ガードレールがなくて、人身事故が起きるかもしれない!ガードレールをなげても外れるかもしれない!当たったら死ぬかもしれない!怪我するかもしれない!意外と臨也さんは静雄さんを嫌ってないかもしれない!とにかく、喧嘩は中止したほうがいいかもしれない!」
いっきに言ったため少し息があがっている。
「りゅ…竜ヶ峰?」
「帝人君…?」
「ぼっ…僕の、きっ、危険予測です!!」
とりあえず、喧嘩が一時中断しているため、自分の命の危機はまぬがれた。
「危険予測…って、え?車?」
「あっははははは!帝人君ざんしーん!」
静雄さんは、よくわからないという顔をしていたが、すっかり怒りはおさまったらしい。臨也さんはと言うと笑いすぎて、涙をながしている。なんだか恥ずかしい。
「そんな、笑わなくたって…。」
「いや、ごめんごめん。可愛いなあって思ってさ。ここは帝人君に免じて喧嘩は止めにすることにしようか。ね、シズちゃん?」
「俺だって、殺してぇのは、ノミ蟲だけだ。」
「危険予測、かぁ。つまりは、帝人君にとって俺もシズちゃんも危険因子な訳だ。」
「そっ、そうなのか?!」
「いや、そんな…ことは。」
否定しながらも語尾をうやむやにしてしまうのは、二人が危険であると同時に、僕を楽しませてくれる存在でもあるためだ。
「じゃあ、俺も危険予測!」
「え?」
「帝人君が可愛すぎて、襲いたくなっちゃうかもしれない。」
耳元でそう臨也さんに囁かれる。びくりとして、逃げようと身をよじるがやはり逃げ出せない。細いとはいえ、俺よりも身長の大きい成人男性なのだから当たり前か。
顔を赤らめていると、静雄さんが近づいてきて僕の目のをみて言葉を発した。
「俺は、帝人をノミ蟲から引き離してつれさりたいかもしれない。」
「えええ!?」
混乱していると、静雄さんが臨也さんの手を掴み僕から引き離した。数分ぶりに身体が自由となる。
二人は僕の頭上で火花を散らしており、当事者である僕は申し訳ないが抜き足差し足で、その場から離れ、一目散に走り出した。
「お二人とも、すみません!僕、帰ります!」
遠くの方で僕を呼ぶ声がしたが、足を前へと運び続ける。あの場にいたら、もっと酷いことになっていたかもしれない。
すべては危険予測であって、起こり得ることではないのだけれど。やはり、危ない橋は渡りたくない。
ガシャンという、何かが壊れた音がして、喧嘩という名の殺し合いが再び始まったことを、脳の片隅で認識した。
(僕はもしかして、二人のことが、好きなのかもしれない!)
紅潮する頬は、全力で走っているせいだと思っているけど。
これもただの予測にすぎないのである。
END
「俺はシズちゃんを殺しちゃうかもしれなーいっ!」
「俺は確実に臨也を殺す。」