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風が穏やかに流れていく。空気も澄んでいて過ごし易い。
眠気に抗わず、ゆっくりと目を閉じる。その時、紫原が声を掛けてきた。
「ねー朔夜ちん」
「……何?」
「朔夜ちんはバスケ好きなの?」
「バスケ……?」
眠い頭を動かして、会話する。ああもう、丁度いいところで起こしたな。
バスケ、バスケねぇ…。
「好き、だよ」
「そうなの?」
「何でそんなこと訊いたの…」
「……別に、あんま理由は無いけど。いっつも『面倒くさい』って言ってるから」
「ああ……」
確かに練習は辛いし、先輩は容赦無いし、顧問は全く使えないし、イライラが溜まるし、暑苦しいし、汗かくし…。エトセトラエトセトラ。
面倒という点においては、もう究極レベルだ。
「そんでも、好き…だからねぇ」
「バスケが?」
「じゃなきゃ続けてないし、強くなってないよ」
私に外の世界を教えてくれたバスケ。それは私の中で半分を占めてる存在で。
試合で勝ったら嬉しくて、負けたら悔しくて悲しい。だから努力して、今度は勝つ。
その工程を面倒だと思ったことは一度も無い。……まぁ、その為に組まれる専用メニュー(通称:部長スペシャル)は溜息を吐きたくなるけどねぇ。
あれは真面目に死ぬ。何度気絶しそうになったか分からない。
「ふーん。やっぱり、姉弟は考え方も似るんだ」
「何の話?」
「黒ちんも同じこと言ってた。『努力は勝つ為に必要で、誰よりも努力してる人が試合で勝つ』って」
「そりゃそうでしょ。何の為の練習なのさ」
「俺はそうは思わない。だって、弱い奴はいつまで経っても弱いし」
努力とか、暑苦しくてひねり潰したくなる。
吐き捨てる様に言った紫原は、また新しいお菓子の封を切る。
その様子は、まるで勝利を当然だと思い貪っている巨人。当たり前な顔で、敗者を踏み潰して来たんだろう。
まぁ、だとしても。
「いいんじゃない?」
「はぁ?」
「だから、いいんじゃないの?
紫原には紫原の考えがあって、片割れには片割れの考えがある。それは当然だよ。皆が皆、同じ思考を持ってるワケないんだから」
もし、全員が同じ思考回路だとしたら。それは驚く程に統率が取れているか、洗脳されているかのどちらかだ。私としてはどっちも気持ち悪くて嫌。
分かれ道で「右がいい」と言う人がいれば「左がいい」と言う人がいるのと同じ。
皆一緒、なんて幻想だ。思考が違うから面白いことや楽しいことが溢れてるのに。
「2人共頑固だねぇ」
「だって黒ちんが、」
「はいはい。テツヤの言ってることは紫原の真逆だからね。衝突すんのは仕方ないとしても、もうちょっと言い方を変えるとかさ。やり方は色々あるよ」
「…俺、悪くねーし」
「…………えー」
大きさは巨人のクセに、考えが少々幼くはありませんか。
もしかして、とは思うけど。
「紫原ってさぁ…」
「んー?」
「バスケ嫌い?」
「うん」
即答かよ。予想通りだけど、もうちょっと悩めよ。
「何で嫌いなのにバスケやってんの?」
「自分の体格がバスケに合ってたから」
「……それだけ?」
「ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど…」
…………うーん。中々に難しい奴だな紫原。
暑苦しいバスケは嫌い。それと裏腹に、紫原はバスケ選手としては良い才能を持ってる。
好きだろうと嫌いだろうと、才能の前では等しく無意味。才能があるからやってる。ただ、それだけ。
考え方だけじゃなくて、才能まで真逆じゃんか。テツヤと紫原。なんてこったい。
テツヤはバスケが大好きなのに才能が全く無くて、その中でも自分しか出来ない特技を見つけた。
紫原はバスケが嫌いなのに才能だけはあって、恵まれた体格とパワーで圧倒してしまう。
…面倒になってきたぞ。この2人がバスケで意見が合うことなんて無いんじゃないの?
「はぁぁぁぁ…………」
「ちょっと、何でそんな深い溜息吐くのさ」
「なんかもう…あんた達認めろよ。お互いに」
「朔夜ちん意味分かんねー」
「だからさぁ……。別に、才能持ってたっていいじゃんよ」
「!」
「それぞれの個性だよ、才能って。
テツヤにはテツヤの、紫原には紫原の。どっちもチームには大切な戦力で仲間でしょ。いいじゃんそれで」
他人が幾ら「喧嘩するな」と言ったところで無理な話。どっちの意見も正論でお手上げだから。
例え意見が違っても、チームなのは変わらないんだから、少しの妥協でなんとかなることも多いと思う。
ぶつかりたければ存分にぶつかりたまえよ。それも青春でしょ。
「それとも、紫原は本気でテツヤが嫌い?バスケとか関係無しに」
「…んーん。黒ちんは優しいし、偶にお菓子くれるから好き」
「なら大丈夫。個人的に、日常で好意を持てるなら平気だよ」
バスケ部だからって、四六時中バスケしてるワケじゃないんだし。
…にしても、紫原って何でそんなに嫌いなバスケを中学まで続けてるんだろう。
嫌いなら辞めればいいのに。それをしないでワザワザ部活に入ってるってことは、バスケに何らかの思い入れがあるのかねぇ…。
「……朔夜ちん」
「何ー?」
「朔夜ちんって、お姉ちゃんみたいだね」
「そりゃ、テツヤのお姉ちゃんではありますが」
「そーじゃなくて。……説明すんのめんどーだからいいや。
ありがと、朔夜ちん」
「……?どういたしまして」
まぁ、いいか。
私は紫原から貰った抹茶ラテを、紫原はブドウジュースをそれぞれ飲む。
誘われるように目を閉じれば、すぐに夢の世界へ旅立った。
ブドウジュース
(物事は“程々に”が重要)
―――――――
お題元:OSG様
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