憂鬱物語 番外編 | ナノ



うん、貴重な体験だったよ。

体育館裏から保健室に行くのはいいけど、私は歩けないし、肩を貸してもらうにも身長が違い過ぎた。

だからおんぶを想像してたんだけど…まさか、お姫様だっこで運ばれるとは。

まあ、おんぶだとどうしてもお尻を触って支えないといけないから、思春期の男子には無理なことだろう。



「そこの湿布とハサミ取って」

「これッスか?」

「そうそう。あ、あと絆創膏ね。中くらいの大きさのヤツ」



怪我の処置の仕方、先輩に習っておいてよかったー。

まさかこんな形で使うことになるとは思わなかったけど。


運んでもらったはいいけど、十分に身動きが取れない私に「何か手伝えることあるッスか?」とわざわざ聞く黄瀬は、やっぱり女子の心を掴むことに慣れている。

折角だし、いろいろパシってみるけど…。



(手際がいいなぁ)



言われたことを言われた通りにやる。

大切だけど難しいことだ。

初めて保健室に入ったという割にはテキパキと動くし。

背が高いから上の棚にも手が届く。

便利だな、コイツ。



「これでいいッスか?」

「うん。そうだ、悪いけど包帯も」

「どうぞ」

「ありがと」



手早く傷を消毒し、絆創膏を貼る。

打撲や捻挫には湿布を貼って一日安静だなこりゃ。

包帯を手にして、服の下もやろうとすると、黄瀬の視線が私に集中していることに気が付いた。



「あの、黄瀬」

「何スか?」

「これから服の下やるから、後ろを向いてくれると助かる」

「…!す、すいませんッス!!」



赤面しちゃって。うーわー、思春期の男子〜。

私は親友と違ってそんな大層なものを体に装着してないから、見られてもあんまり意味無いんだけど。一応、世間体というものがあるし。



「はい、終わったからいいよ」

「ほ、本当ッスか?」

「あのねぇ。私はそんなことで騙したりしないから」

「…………ホントだ。ちゃんと隠してる」

「どんだけ疑ってんのよ」



器具をまたしまってもらい、ソファに深く腰掛ける。

作業が終わった黄瀬が、向かい合うように置かれた小さな椅子に座った。



「それじゃあ、聞こうかな。



あの時、どうして私を助けてくれたの?」



5時間目を告げる、チャイムが鳴る。

黄瀬は深呼吸を一回して、ゆっくりと、口を動かし始めた。



「俺、知っている通りモデルをやってるんスよ。今年の春頃にスカウトされて。
最初は辛かったッスけど、慣れるとそれなりにやり甲斐が出てきて」

「うん」



人の過去に干渉するのは苦手、というか嫌いなんだけど、どうしても気になったから聞いてみた。


“どうして私を助けたのか”


放っておけばいい。素通りすればいい。

なのにそれをしなかった理由を、どうしても知りたかった。



「そしたら、だんだん女子が話しかけてくれるようになったんス。“雑誌見たよ”から始まり、“すごいね、頑張ってね”で終わるような」

「今まであんまり話してなかったの?」

「俺、大体のことは見ただけで出来るようになっちゃうんスよ。だから話さなかったっていうか、話さなくなったっていうか…。
嫌われてはいないけど、クラスで浮いてたのは確かッスね」

「放っておこう、みたいな?」

「そうそう。それがだんだん改善されていって、少しずつ男子とも話すようになって。正直、嬉しかったんスよ。大袈裟だけど、存在意義、みたいなのを見つけた気がして」

「黄瀬、部活やってないから、そういうものはなかったのか」

「見ただけである程度出来ちゃうんで。つまんないんスよ」



それはそれで凄いスキル――というか才能だと思うけど。

他人が思う以上に、自分にとっては深刻なことってあるからねぇ。



「それから他のクラスの女子も話すことが出来て、丁度浮かれ始めた頃ッス。偶々人通りの少ない場所を歩いてたら数人の女子の声が聞こえて、気になったから行ってみたんスよ。そしたら……」

「多対一で相手を苛めていた、と」

「はいッス。最初は相手のその子が、彼女等の癇に障ることをしたんだと思ったんスけど。話している内容に、オレの名前が出てきて……」



「アンタ、黄瀬くんに優しくされて調子乗ってんじゃないわよ」

「黄瀬くんは皆に優しいのよ!!贔屓されてると思ったら大間違いだから!!」

「そんな…っ、わたし、そんなこと、」

「ブスのクセに生意気よ!」

「黄瀬くんはカッコイイからいろんな女子が寄ってくるけど、手を出すのはルール違反なんだから!」

「二度と黄瀬くんに近づくな!」



「クラスメイトだったんスけど、その日を境に転校したッス。表向きは“親の転勤”ってことになったッスけど」

「それが、初めてファンとの関わりね」

「次の日、その苛めていた女子のグループと一緒にご飯食べることになったんスけど、ちょっと遅れて行ったんスよ。それで彼女達の会話を聞いた時は……忘れないッス」



「ねえ、聞いた〜?2組の女子が黄瀬くんに色目使ってんの」

「掃除場所近いからってムカつくぅ」

「黄瀬くん、顔が良いしモデルだからすぐ女が寄ってくるよね。かわいそ〜」

「だからアタシ達で潰してんじゃん」

「黄瀬くんが迷惑にならないように、ね」



「うっわぁ…」

「衝撃だったッス。まさか、俺の周りは肩書目当てだったのかって。
よく考えれば、告白してくる女子の大半が“顔”か“モデルの彼女”っていうのが目的で、数週間で別れることばっかりだったんスよ。
それ以来、仕事をするのがなんか、嫌じゃないけど、やってる感がしなくなって…」

「価値観が変わっちゃったんだ」

「そこから、もういろんな女子に声かけて、反応を見るようになっちゃって。まあ、いい気になって仲良くなって、グループに潰されて、が大半ッス。
そんな中、黒子さんだけは違った。助けた理由は、たぶんそこッス」

「ああ…。私は周りとタイプが違うからね。黄瀬の名前だって今日知った」

「そうだったんスか!?だからあんな態度だったんだ……。
えっと、詳しく言うと、初めてだったんス」

「何が?」

「俺に強い口調であそこまで言って、尚且つ女子グループにも反抗したのは」



今までは暴力行為に耐えられなくて、すぐに降参をする人ばかりだったらしい。

納得した。“私だけを助けた理由”。

ずっと苛められる状況を見て、知っていたのに私で初めて行動を起こした。

それは私が体育の時に言った、「プロ意識が足りてない」という“周りとの違い”だった。



「感動したッス。有難う御座いました」

「いーえ。そんで?」

「え、いや、だからそれが理由なんで、黒子さんを助けた、で終わりッス」

「馬鹿じゃないの」

「はい?」



わあ、アホ面。面白いな。

じゃなくて。



「愚痴ぐらいぶちまけなさいよ。今更でしょ。まさかこれで言い逃れ出来るとでも思った?私、嘘を見破るの得意なんだよね。
助けたあの時、泣きそうな顔しながら私のこと叱ったでしょ。あれは何?」

「――もう、黒子さん、なんで、気づくんスか……」

「顔に出まくってんのよ」



息を吸い込んで、黄瀬はまた話し始めた。



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