我が道を進め! | ナノ


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「いつもはただのバカに見えるけど、坂本の統率力は凄いわね」

「ホント、いつもはただのバカなのにね」

「雄二君が動くと凄いねぇ」

「最初からこれくらいやる気を出してくれればよかったんだがな」


清涼祭初日の朝。
やる気を出した雄二の手腕で、私等の小汚い教室は普通の中華風喫茶に様変わりしていた。


「このテーブルなんて、パッと見は本物と区別がつかないよ」

「あ、それは木下君と和樹ちゃんが作ってくれたんですよ。どこからか綺麗なクロスを持ってきて、こう手際よくテキパキと」

「じゃあこれ、演劇部のヤツか」

「うん。ちょっと拝借してきちゃった」


道理で良い生地だと思った。
演劇部のホープである秀吉と、部活はやっていないがよく演技を頼まれる和樹なら小道具を借りて来ることくらい簡単だ。扱いも慣れてるだろうし。


「ま、見掛けはそれなりの物になったがの。その分、クロスを捲るとこの通りじゃ」


秀吉がクロスを捲る。するとそこには見慣れた汚い箱達が。
いつも私等が机代わりにして使っているみかん箱(と私が提供したダンボール箱)を上手く組み立てて綺麗なクロスを引いて作った簡易席。
しかし、これを見られたらイメージダウンは免れない。売り上げにも相当響くだろう。


「きっと大丈夫だよ。こんなところまで見ないだろうし、見たとしてもその人の胸の内に仕舞っておいてもらえるさ」

「そうですね。わざわざクロスを剥がしてアピールする様な人は来ませんよ」


もし来たら妨害目的としか思えない。


「室内の装飾も完璧!」

「これなら上手くいくよね?」


ぐるりと室内を見渡す。
私の目から見ても、学園祭にしては充分過ぎる完成度だ。かなり時間を掛けて細かいところまで掃除したし、装飾も派手過ぎず落ち着きのある印象で纏めてある。
とりあえず見た目はオッケー。あとは宣伝とか口コミとかで広まれば、そこそこ利益は出る筈。


「……飲茶も完璧」

「うおっ!?」

「……大丈夫か、アスカ」

「そう思うなら気配を消して近付くなっての…」


背後からいきなり聞こえた康太の声に思わず仰け反る。
私でも気付けないって、どんだけ気配消してんだよ。
別に常日頃からそこまでしなくてもいいと思うんだけど。


「ムッツリーニ、厨房の方もオーケー?」

「……味見用」


そう言って康太が差し出したのは木のお盆。上には陶器のティーセットと胡麻団子が載っていた。


「ティーセットなんてよく用意出来たのう」

「……アスカが提供してくれた。壊しても問題無いと」

「でもこれ、結構高そうだよ?」

「実家にあって使ってないヤツを送ってもらったんだ。もちろんタダ。ずっと仕舞ってあった物だから洗えば綺麗だし、今は使ってるのがあるから大丈夫だ」


私等はあんまり金を掛けてらんないからな。こういった備品は私が用意した。
殆どタダで用意出来るし、金が掛かったとしても格安で準備出来るツテを私は幾つも持っている。今まで持って来た人との繋がりがこういった場面で役に立つとは思ってなかった。


「これ、とっても美味しそう…」

「土屋、これウチ等が食べちゃっていいの?」

「……(コクリ)」

「では、遠慮なく頂こうかの」

「頂きます」


瑞希、美波、秀吉、和樹の4人が手を伸ばし、作り立てでまだ温かい胡麻団子を口に含む。


「お、美味しいです!」

「本当!表面はカリカリで中はモチモチで食感も良いし!」

「甘過ぎないところも良いのう」

「康太君って器用だよねぇ…。お茶も美味しい」


大絶賛だ。美波と瑞希に至っては幸福でトリップ状態になっている。
甘い物が好きなんて女の子らしい。


「それじゃ、僕も貰おうかな」

「じゃあ、私も一つ」

「……(コクコク)」


康太から残った胡麻団子を受け取り、一口だけ頬張る。


「「ふむふむ。表面はゴリゴリでありながら中はネバネバ。甘すぎず、辛すぎる味わいがとっても――んゴパっ」」


明久と一字一句間違いなくハモった私の口から有り得ない音が出た。
目に映るのは幼き自分の記憶。あの頃は楽しくて、でも色々あったなぁ…………って、これ走馬灯かよっ!?


「げほッげほッ」

「あ、それはさっき姫路が作った物じゃな」

「…………!!(グイグイ!)」

「む、ムッツリーニ!どうしてそんなに怯えた様子で胡麻団子を僕等の口に押し込もうとするの!?」

「ちょっ、マジで止めろ康太!私等でも無理だから!食べられないから!」


康太が団子の残り半分を口に押し付けてくる。
これは食べた物に走馬灯を見せる特殊な飲茶だ。見た目がいい分下手なダークマターよりタチが悪い。人間が食べていいモンじゃないんだよ!


「うーっす。戻ってきたぞー」


と、そんなところに雄二が戻ってきた。


「あ、雄二。おかえり」

「ん?なんだ、美味そうじゃないか。どれどれ?」


そして、何の躊躇いも無く、私の食べ掛けの胡麻団子バイオ兵器を口に運ぶ。
やだ、何気に間接ちゅーじゃね?なんて思えるのは少し余裕が出来たからか。


「……たいした男じゃ」

「……雄二君は、男の中の男だね」

「雄二。キミは今、最高に輝いてるよ」

「お前が実は凄い奴だったんだなって身をもって知った」

「? お前等が何を言っているのか分からんが……。
ふむふむ。表面はゴリゴリでありながら中はネバネバ。甘すぎず、辛すぎる味わいがとっても――んゴパっ」


ああ、これが俗に言う既視感デジャブってヤツなんだろうな。


「あー、雄二。とっても美味しかったよね?」


明久が倒れ伏した雄二の側に寄り、『これは姫路さんの料理だよ。まさか酷いことなんて言わないよね?』とアイコンタクトで送っていた。
目が合ってないから多分伝わってないだろうけど。


「ふっ。何の問題もない」


そんな明久の言葉が聞こえていたのか、床に突っ伏したまま雄二が返答した。


「あの川を渡ればいいんだろう?」


それはもしかしてもしかしなくても三途の川だ。


「雄二!それは渡っちゃダメだ!そいつを渡れば、二度と戻って来れなくなるぞ!」


私等はギリギリ大丈夫だったが、雄二には致命傷だったらしい。何をどうすればたった一口の胡麻団子で人間を三途の川へ送れるのか疑問だ。
相変わらず、瑞希の料理は恐ろしいキレ味だなぁ。


「え?あれ?坂本君はどうかしたんですか?」


バイオ兵器ではない、普通の胡麻団子で夢見心地になっていた瑞希が、漸くこっちの様子に気付く。見られてないみたいでよかった。


「あ、ホントだ。坂本、大丈夫?」


同じくトリップしていた美波も現実に帰って来た。
これって失敗してない方の胡麻団子はかなり美味いってことだよな?売り上げに期待しよう。


「大丈夫だよ、ちょっと足が攣っただけみたいだから」


明久が2人の意識を逸らしている内に、私は必死に心臓マッサージをする。和樹は脈拍の確認だ。
雄二には翔子という絶対の女王が居るので人工呼吸は出来ないからひたすらマッサージをするしかない。が、こうなると生死は五分五分だ。
帰って来い、雄二!


「六万だと?バカを言え。普通渡し賃は六文と相場が決まって――はっ!?」

「脈拍正常、呼吸も安全圏に到達したよ」

「よし、蘇生成功!」


雄二が金を惜しまないタイプだったら逝ってしまったかもしれない。
よかったよ、雄二が無駄にケチで。


「雄二、足が攣ったんだよね?」


雄二の蘇生に気づいた明久が、すかさず余計なことを言い出す前に畳み掛ける。
瑞希と美波が私等と距離が近いこともあり、今回はアイコンタクトをしている暇も無い。


「足が攣った?バカを言うな!あれは明らかにあの団子の――」

「……もう一つ食わせるぞ」

「それか用意された分全部食ってみるか?」

「足が攣ったんだ。運動不足だからな」


雄二が頭の回る奴でよかったよ。この歳で犯罪者にはなりたくない。


「(……明久、アスカ。いつかキサマ等を殺す)」

「(……上等だ。殺られる前に殺ってやる)」

「(……3倍返しにしてやるよ)」


爽やかな笑顔ながら、裏ではドロドロのぶつかり合い。
そんな私等は仲良し3人組です☆


「ふーん。坂本ってよく足が攣るのね?」

「ほら、雄二って余計な脂肪がついてないでしょう?和樹も前に言ってたけど、そういう身体って、筋が攣りやすいんだよ。美波も胸がよく攣るから分かるとぐべぁっ!」

「……俺が手を下すまでもなかったな」

「今の、拳が見えなかったよ…」

「大丈夫、私も見えなかった」


ブレたと思った瞬間には、明久が苦悶の声を上げて倒れていた。
私も人のこと言えないくらいには常識を逸脱してる自覚があるが、何でこの学園はこんなにも人並み外れた奴等が集まっているんだろう。魔窟か、ここは。


「ところで、雄二はどこに行っておったのじゃ?」

「ああ、ちょっと話し合いにな」


雄二にしては歯切れの悪い返事。
実は学園長室に行って科目選択を済ませたところだ。だが当然の如くフェアな内容の話じゃないので正直に話せず、雄二は適当に誤魔化した。


「そうですか〜。それはお疲れ様でした」


…助かっていることも多いけど、どうして瑞希ってこう人を疑わないんだろう。
雄二の人と成りを知ったら早々簡単に信じられないと思うんだけど。優しいヤツだなぁ。


「いやいや、気にするな。それより、喫茶店はいつでもいけるな?」

「バッチリじゃ」

「……お茶と飲茶も大丈夫」


大丈夫なのは、あくまで康太達が作った場合限定だ。
絶対瑞希を厨房に立たせるなよお前等…。立たせたら最後、この店潰れるぞ。


「よし。少しの間、喫茶店は秀吉とムッツリーニに任せる。俺は明久と召喚大会の一回戦を済ませて来るからな」


雄二が秀吉と康太の肩を軽く叩く。


「あれ?アンタ達も召喚大会に出るの?」

「え?あ、うん。色々あってね」


「チケットのことは誰にも話すな」と口止めをされている明久は適当に言葉を濁す。
もしババアがチケットの件をどうにかしようと動いている、なんて竹原の耳に入ったら私の計画も破綻するからな。頑張れ。

しかし、言葉を濁した所為で美波の視線が鋭くなっていた。


「もしかして、賞品が目的とか……?」

「う〜ん、一応そういうことになるかな」

「……誰と行くつもり?」

「ほぇ?」

「私も知りたいです。吉井君は誰と行こうと思ってるんですか?」


美波と瑞希が戦闘モードになる。これ、確実に勘違いされてるな。
正直に話したいところだが、そうなると誰の耳に入るか分からない。それに、設備の向上も難しくなる。助けてやりたいところだが上手く動けないな。


「明久は俺と行くつもりなんだ」

「え?坂本とペアチケットで『幸せになりに』行くの…?」


雄二からのフォローが入った。が、この状況だと確実に誤解を生むぞ、それ。
何、2人共同性愛疑惑を掛けられても我慢するってことか?


「俺は何度も断っているんだがな」


あ、雄二裏切った。


「アキ。アンタやっぱり、木下より坂本の方が…」

「ちょっと待って!その『やっぱり』って言葉は凄く引っ掛かる!それと秀吉!少しでも寂しそうな顔をしないでよ!」


あーあ。また明久の同性愛の似合いそうな生徒ランキングが上がるな、こりゃ。


「っと、そろそろ時間だ。行くぞ明久」

「…くっ!と、とにかく!誤解だからね!」


まるで小悪党の捨て台詞の様に弁解し、明久と雄二は会場へ向かって行った。
さて、私等もそろそろ行きますかね。


「…やんなきゃ駄目?」

「ダメだろ流石に。そういう約束だろ?許可も下りたからいいじゃんか」

「うぅ……『下りた』んじゃなくて『下ろさせた』んでしょ、アスカが」

「そりゃあねぇ。こんな機会滅多に無いし」

「職権濫用だ…」

「残念ながら職権ではありません。純粋なお願いです」

「脅迫もしたんでしょ」

「否定はしない」

「そこはしてよ!」

「何?和樹達もどっか行くの?」


気分が下がっている和樹と楽しそうにしてる私を見た美波が問い掛ける。


「ま、ちょっと野暮用が」

「すぐ戻るから」

「そうですか。頑張って下さいね」

「ありがとう、瑞希ちゃん」


瑞希に応援されて、ちょっと癒されたらしい。和樹の顔に笑みが浮かんだ。


「……アスカ」

「ん?何だ康太」

「……これ、2人に」

「…胡麻団子?ってもしかして」

「……これは、ちゃんと俺が作った」

「そ、そうか。それならいいけど」


先程食べた瑞希作の胡麻団子を思い出して若干顔が青褪めたが、康太が自分で作ったと言ったので大丈夫だろう。そんなことで嘘を吐くとは思えない。


「ありがと康太。後で食べるな」

「……(コクリ)」


差し入れの胡麻団子を貰い、皆に手を振って教室を出た。
和樹の顔は、もう迷っていない。


「緊張は?」

「もう済ませた」

「覚悟は?」

「昨日のお風呂の内にしてる」

「んじゃ、いっちょパーティと行きますか!」

「おー!」


目指すは、ババアの権力で貸切にされた放送室。
手早く機器をセットして、私は電源を入れた。



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