我が道を進め! | ナノ


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『……賞品の……として隠し……』

『……こそ……勝手に……如月ハイランドに……』


校舎の一角に存在する学園長室前まで来ると、中から声が聞こえてきた。何か言い争いをしてるみたい。
賞品?如月ハイランド?
共通点が全く見つからない。いや、如月ハイランドのことは知ってるけど、一体何を話しているんだろう。
その時ちらりと見えたアスカの横顔の、出会った頃から変わらない少しだけツリ目の瞳が、一瞬だけ鋭くなった気がした。


「……アスカ?」

「ん?何だ和樹」

「どうかした?今、なんか顔が険しかったけど…」

「そうか?別に普通だぜ?」

「そう、ならいいんだ」


キャラクターに成りきって演じるという職業柄に加え、小さい頃に周りの人の顔色を見ながら生きていた為か、他人の嘘を見破るのは得意だったりする。
どんな人でも嘘を吐けば若干変化が起こる。違和感が生じたりする。
だけどアスカは嘘を吐いても綺麗に完璧に違和感の欠片無く隠し通してしまうから、僕にも分からない時が多い。
どうでもいい嘘は見破れるけど、アスカが本気で隠し事をする時は無理だ。豪快に嘘を吐き、それを丁寧に慎重に、浮かべる笑みの裏に仕舞い込むから。


「どうした、明久」

「いや、中で何か話をしているみたいなんだけど」

「そうか。つまり中には学園長がいるというワケだな。無駄足にならなくて何よりだ」

「さっさと入って要件言おうぜー」

「そうだな」


訊きたくはあるけど、アスカは大事なことは絶対に必要になったら言うから、ここでは訊かない。
いつも通り振る舞うアスカに、さっきのは見間違いということにして、僕はそれ以上言及しない選択肢を取った。



「失礼しまーす!」

「ちゃーす!」


相手は取り込み中だったかもしれないけど、こっちも結構切羽詰まってる。
ノックを数回すると、返事も聞かずに入室した。ごめんなさい。


「本当に失礼なガキ共だねぇ。普通は返事を待つもんだよ」

「んな小さいこと気にすんなよ。それに、私等に普通とか常識を求める方がおかしいぜ、学園長」


室内で俺達を出迎えたのは、学園長の藤堂カヲルさん。
試験召喚システム開発の中心人物。研究者だからか、随分規格外なところが多い人だと聞いたことがある。
まさか第一声が「ガキ共」だとは思いませんでした。


「やれやれ。取り込み中だというのに、とんだ来客ですね。これでは話を続けることもできません。……まさか、貴女の差し金ですか?」


眼鏡を弄りながら学園長を睨み付けたのは教頭の竹原先生だ。
鋭い目つきとクールな態度で、一部の女子生徒からの人気は高い。同じ女子の僕としては、うーん……ぶっちゃけて言うと苦手なタイプだ。何か企んでる気がして、あんまり好きにはなれない。


「馬鹿を言わないでおくれ。どうしてこのアタシがそんなセコい手を使わなきゃいけないのさ。負い目があるというワケでもないのに」

「それはどうだか。学園長は隠し事がお得意のようですから」


な、何だろう。雰囲気が険悪だ。さっきも言い争いの様なものが聞こえたし、少なくとも談笑していた訳じゃない。
もしかして、経営の話とかかな。それなら僕達が居ると話が続けられないだろう。出直した方がいいかな?


「さっきから言っているように隠し事なんて無いね。アンタの見当違いだよ」

「……そうですか。そこまで否定されるならこの場はそういうことにしておきましょう」


そう告げると、竹原先生は部屋の隅と僕の左隣……アスカに一瞬視線を送り、


「それでは、この場は失礼させて頂きます」


踵を返して、学園長室を出て行った。
何かを確認していた様に見えただけど、何だろう。この部屋に何かあるのかな。
それに、アスカに一瞬目を向けたのも少し気になる。その目は、まるで警戒している様な。鋭い人が見たら、きな臭いと思うくらいの不審っぷり。


「……チッ。あの狸ジジイが…」

「アスカ、何か言った?」

「何でもねーよ」


アスカの左隣に居る明久君は上手く聞き取れなかったみたいだけど、でも僕には聞こえた。
アスカはかなり竹原先生を毛嫌いしてる。それが何でかは分からない。
明久君が尋ねても何も言わないから、多分暫くは誰にも言う気は無い。


(変に目付けられないといいけど…)


無理な話かな、と思った。
アスカは色々と自分から顔突っ込みに行っちゃうし。


「んで、ガキ共。アンタ等は何の用だい?」


竹原先生との会話を中断されたことに何も言わず、話題を僕達に振ってくる学園長。
ということは、学園長にとっても都合がよかったのかな。


「今日は学園長にお話があって来ました」

「私は今それどころじゃないんでね。学園の経営に関することなら、教頭の竹原に言いな。それと、まずは自分の名前を名乗るのが社会の礼儀ってモンだ。覚えておきな」

「私、こんな横柄な婆さんに礼儀を説かれるなんて思わなかった」

「こらアスカ!」


学園長が年取ってることに否定はしないし出来ないけど、もうちょっと言い方ってものがあるでしょこのおバカ!
ああああもう、ちょっとシリアスっぽくなったと思ったらすぐこれなんだから!


「失礼しました。俺は2年F組代表の坂本雄二」

「同じく、2年F組の日向和樹です」

「それでこっちが――」


雄二君がアスカと明久君を示し、紹介する。


「――2年を代表するバカ共です」


せめて名前くらい普通に紹介してあげて下さい。


「ほぅ……。そうかい。アンタ達がFクラスの坂本と日向と神凪と吉井かい」

「ちょっと待てやコラ」

「僕達はまだ名前を言ってませんよね!?」


さっきの紹介で名前が分かってしまうなんて…。有名人になったね、2人共。主に悪評の方で有名なんだろうけど。
学園長にも話が入って来てるなんて、僕は驚きだ。


「気が変わったよ。話を聞いてやろうじゃないか」


口の端を吊り上げる学園長は、まるで映画に出て来る悪役の大ボスの様だ。声優やってる僕でもそう思ってしまうくらい、この人の笑みはあくどい。
これで教育者なんだもんねぇ…。人って見掛けによらないなぁ。


「ありがとうございます」

「礼なんか言う暇があったらさっさと話しな、ウスノロ」

「分かりました」


今回の交渉では、雄二君が主にやることになっている。
Fクラスの件について話すなら、全員でわちゃわちゃ言うよりも、代表の雄二君が纏めた方が効率が良い。雄二君はこういうこと得意だし。
それにしても、珍しいなぁ。こんなにも口汚く罵倒されているのに、雄二君の態度や言動が一切ブレてない。ここまで大人だったとは。


「Fクラスの設備について改善を要求しにきました」

「そうかい。それは暇そうで羨ましいことだね」

「今のFクラスの教室は、まるで学園長の脳みその様に穴だらけで、隙間風が吹き込んでくる様な酷い状態です」


あ、あれ?雄二君の言動が綻び始めた?
何か妙に刺々しい言葉が混ざってるよ。


「学園長の様に戦国時代から生きている老いぼれならともかく、今の普通の高校生にこの状態は危険です。健康に害を及ぼす可能性が非常に高いと思われます」


丁寧な口調の中に、危険な言葉が散りばめられている。
これは……相当キレてるかもしれない。


「要するに、隙間風が吹き込む様な教室の所為で体調を崩す生徒が出てくるから、さっさと直せクソババア、というワケです」


言ってることは正しいし、要件も合ってるけど。
雄二君、それはもう交渉でもお願いでも何でもないよ。ただの罵倒大会だよ。
何でそれをキリッとしたサラリーマン風の顔で言えるのか僕は訊きたい。確かにいつもの雄二君になったけど。


「まぁ、アレだ。ホントに体調を崩す生徒が出れば、学園側としては色々マズいんじゃね?それを危惧した親が優秀な生徒を他へ転校させる、なんて事態も有り得るし。
何より、試験校でありいろんなトコにスポンサーが居る文月学園に悪評が立つのは、流石の学園長も避けたいんじゃねーの?」


クツクツと、楽しそうに笑うアスカ。

文月学園と契約しているスポンサーの中でも特にお金と資材を惜しみなく提供している企業がある。それはアスカと切っても切れない関係にある企業だ。それを理解した上でアスカは学園長に揺さ振りを掛けている。
…もっと普通にお願いしてもいいと僕は思うんだけどね。友達の為なら多少悪い手を駆使して汚いことも平気でしちゃう、それで他人に悪く言われようが大丈夫っていう、その自己犠牲思考は本当どうにかしたい。それに多々救われていることも事実だから、強く言えないのがまた難点だ。

アスカと雄二君の無礼極まりない説明を受けた学園長は、思案顔になって黙り込んだ。


「……ふむ、丁度いいタイミングさね……」


へ?いいタイミング?


「よしよし。お前たちの言いたいことはよく分かった」

「え?それじゃ、直してもらえるんですね!」


アスカが教室でも言ってた通りだ。どれだけ変わっていても、文月学園もちゃんとした教育機関。生徒の健康が関わってくるなら動いてくれるみたい。これで一安心かなぁ。


「却下だね」


うわぁ、上げて落とされた。


「雄二、アスカ、このババアをコンクリに詰めて捨ててこよう」

「ちょっと待って明久君!それ殺害だよ!」

「バカか明久。そんなんじゃ証拠も残るしまだまだ甘い。殺るなら徹底的に殺らねぇと。
死体がそのまま残ったらバレた時に面倒だ。とりあえず発見されても誰か分からないように顔を潰すぞ」

「アスカ発言が物騒!」

「じゃあ細切れに切断して、東京湾に撒くのはどう?」

「細切れ!?人間を玉ねぎの微塵切りみたいにするの!?」

「そのアイデアいいな。生徒の健康も気遣えないババアなんぞ必要無い。精々魚達のエサとして役立ってもらおう。切断はチェーンソーでいいか?」

「何でアスカはチェーンソーなんて持ってるの!」

「顔潰す時に叫ばれたら面倒だよ」

「んじゃその前に薬で殺せばいいだろ。カリウムの静脈注射はどうだ?安上がりだし確実だ」

「え、青酸カリじゃないの?」

「青酸カリは入手が難しいんだよ。カリウムの方がラクだ」

「じゃあそれで」

「トントン拍子で殺人計画を企てるの止めてぇええ!!」

「……お前等、もう少し態度には気を遣え」


いや、雄二君も人のこと言えないけどね!それでもこの2人が恐い!
淡々と無表情で殺人計画を立ててるんだよ!?明久君はふとした拍子に思考のネジ飛ぶとぶっ飛んだ会話を平気でするし、アスカはアスカで色々出来るだけの人脈と知識があるし…っ。恐過ぎるこのタッグ。


「まったく、このバカ共が失礼しました。どうか理由をお聞かせ願いますか、ババア」

「そうですね。教えて下さい、ババア」

「説明して下さいババア」

「……お前達、本当に聞かせてもらいたいと思ってるのかい?」

「本当、すみません…」


学園長が呆れ顔で僕達を見る。このバカ達は、きっと「何かおかしいことでもした?」とか考えてるんだろう。付き合いが長いからお見通しだ。


「あの、僕も理由をお聞きしてよろしいでしょうか」

「理由も何も、設備に差をつけるのはこの学園の教育方針だからね。ガタガタ抜かすんじゃないよ、なまっちろいガキ共」

「んだとこの老いぼれた死にかけのババアが…。剥製にして学園長室の飾りにしてやろうか

「落ち着けおバカ!発言がさっきからグロいんだって!」


でも、学園長の言い草には納得出来ない。
このままじゃ、瑞希ちゃんは転校してしまうかもしれないんだ。
最初から脅し程度で何とかなる相手じゃないとは思ってたけど、これが生徒に対する教師の態度だろうか。


「それは困ります!そうなると、僕等はともかく身体の弱い子が倒れて」

「――と、いつもなら言っているんだけどね」


明久君の台詞を遮り、学園長は顎に手を当てて続きを話し始める。


「可愛い生徒の頼みだ。こちらの頼みも聞くなら、相談に乗ってやろうじゃないか」

「“可愛い生徒”、ねぇ……」


アスカが意味深に呟く。言いたいことは分かるよ。
普段は断っていることを、何故今回は交換条件とはいえ承諾しようとしてくれたんだろう。
その交換条件がよっぽど学園長にとって大事なんだろうか。それとも、別の意味があるのか。
…駄目だ、考え過ぎると話が耳に入って来なさそう。仕草や態度で考えを読むことは出来ても、それを発展させて目的を読み取るのは難しい。どっちかと言えばアスカが得意だし。
と言うか、学園長の仕草が演技染みてて分からない。まるで狐か狸だ。


「その条件って何ですか?」

「清涼祭で行われる召喚大会は知ってるかい?」

「ええ、まぁ」

「じゃ、その優勝賞品は知ってるかい?」

「優勝賞品?そんな物があったんですか?」


それは初耳だ。元から召喚大会には興味無かったっていうのもあるけど。


「学校から送られる正賞には、賞状とトロフィーと『白金の腕輪』、副賞には『如月ハイランドプレオープンプレミアムチケット』が用意してあるのさ」


へ〜。意外とお金掛かってる。流石は試験校の文月学園。
ペアチケット、と聞いてアスカと雄二君がピクリと僅かに反応していたけど、どうしたんだろう。


「はぁ……。それと交換条件に何の関係が」

「話は最後まで聞きな。慌てるナントカは貰いが少ないって言葉を知らないのかい?」


きょとんとした顔を浮かべている明久君は知らなかったんだろうな。
正しくは「慌てる乞食は貰いが少ない」。少しでも早く沢山貰おうと欲張る乞食は、施す人にその欲深さを見透かされて反感を買い、貰い分が減ってしまうことから来てる。


「この副賞のペアチケットなんだけど、ちょっと良からぬ噂を聞いてね。出来れば回収したいのさ」

「回収?それなら、賞品に出さなければいいじゃないですか」

「それが出来ないから僕達に交換条件として提示しているんですよね?」

「その通り。この話は教頭が進めたとは言え、文月学園として如月グループと行った正式な契約だ。今更覆すわけにはいかないんだよ」


そういえば、前に一度聞いたことがある。学園長は試験召喚システムに手一杯で、経営は教頭に一任している、と。
僕達がこの話をしに来た時も「経営に関することは竹原に言え」と言っていた。それだけ試験召喚システムを運営するのは大変なんだろう。
意見の入れ違いがあったのかもしれない。


「契約する前に気付けっての。仮にも学園長だろうが」

「五月蝿いガキだね。白金の腕輪の開発で手一杯だったんだよ。それに、悪い噂を聞いたのはつい最近だしね」


学園長が眉を顰める。言動とは裏腹に、責任を感じてはいるらしい。
試験召喚システムは、文月学園でしか扱っていない特殊中の特殊な技術。手が離せないのも分かる。
それに、学園長はシステム開発の中心人物。自分達の手で進化させていかないといけないのは、結構大変だ。


「悪い噂って……あれか」

「アスカ、知ってるの?」

「“あの人”に聞いた」

「それで、どんな噂?」

「スゲェつまんねぇ噂なんだけどよ。
如月グループは如月ハイランドに一つのジンクスを作ろうとしているんだ。『ここを訪れたカップルは幸せになれる』っていうジンクスを」

「? それのどこが悪い噂なの?良い話じゃん」

「そのジンクスを作る為に、プレミアムチケットを使ってやって来たカップルを結婚までコーディネートするつもりらしい。企業として、多少強引な手段を用いてもな」

「な、何だと!?」

「え、雄二君?」


アスカの言葉に、いきなり雄二君が大声を上げた。ちょっとビックリしたよ。


「どうしたのさ、雄二。そんなに慌てて」

「慌てるに決まっているだろう!今アスカが言ったことは、『プレオープンプレミアムチケットでやって来たカップルを如月グループの力で強引に結婚させる』ってことだぞ!?」

「う、うん。言い直さなくても分かってるけど」


こんなに狼狽えている雄二君は珍しい。学園長に罵倒されながらも敬語を使っていた時より珍しい。ちょっと新鮮。


「そのカップルを出す候補が、我が文月学園って訳さ」

「くそっ。うちの学校は何故か美人揃いだし、試験召喚システムという話題性もたっぷりだからな。学生から結婚まで行けばジンクスとしては申し分ないし、如月グループが目を付けるのも当然ってことか」

「ふむ。流石は神童と呼ばれていただけはあるね。頭の回転はまずまずじゃないか」


悔しげに唇を噛む雄二君に、感心した様な学園長。
てか学園長、随分詳しいな。雄二君が神童と呼ばれていたのは小学生の頃の話だ。それを知っている人はそんなに居ない。
アスカや明久君の名前もスラッと出て来たし…。もしかして、僕のことも知ってるのかな。それはそれで微妙だ。


「雄二、とりあえず落ち着きなよ。如月グループの計画は別にそこまで悪いことじゃないし、第一僕等はその話を知ってるんだから行かなければ済むことじゃないか」

「……絶対にアイツは参加して、優勝を狙ってくる…。行けば結婚、行かなくても『約束を破ったから』結婚…。俺の、将来は……」



雄二君の目が虚ろだ。
…まぁ、呟きの内容と彼の最近の行動で、大体読めてしまうんだけど。


「翔子ちゃんに『チケットを手に入れたら一緒に行ってやる』って言っちゃったのかな…」

「約束を破った時の代償が自分の人生だってのに、何でそんな安請け合いをするのかねぇ、あのバカ」

「手に入れられないと思ってたんだよ、その時は」


プレオープンチケットは、本来であれば入手がかなり困難な物だ。当時は無理だと思っていてもしょうがない。
今回は何で脅迫されたのかなぁ。婚姻届でも出されたんだろうか。愛されてるね、雄二君。


「ま、そんなワケで、本人の意思を無視して、うちの可愛い生徒の将来を決定しようって計画が気に入らないのさ」

「ホントに可愛いと思ってんのかねぇ。このババアは…」

「えっと…つまり交換条件というのは、『召喚大会の優勝賞品』と交換でいいんですか?」

「そうさね。それが出来るなら、教室の改修くらいしてやろうじゃないか。
無論、優勝者から強奪なんて真似はするんじゃないよ。譲ってもらうのも不可だ。私はお前達に召喚大会で優勝しろ、と言ってるんだからね」


アスカと明久君の肩が跳ねた。不正をしようとしてたねこの2人。
こう見えて学園長も教育者。不正を許してはくれないっぽい。


「……僕達が優勝したら、教室の改修と設備の向上を約束してくれるんですね?」

「何を言ってるんだい。やってやるのは教室の改修だけ。設備についてはうちの教育方針だ。変える気はないよ」


やっぱり、そこが限界かな。
こんな取引で設備を変えたら、他のクラスから不満が上がるし、示しがつかないし。
当然と言えば当然だよねぇ。


「ただし、清涼祭で得た利益でなんとかしようっていうなら話は別だよ。特別に今回だけは勝手に設備を変更することに目を瞑ってやってもいい」


これはかなり嬉しい提案だ。学園長から直々にお許しが出たとなれば、周りを気にせず喫茶店の売り上げを全額設備の向上に回せる。
まぁアスカは家から色々持って来てるから、そのお零れを僕も貰っているんだけど。
一応問題は無い筈。鉄人が何も言って来ないってことは、黙認してる訳だから。


「そこをなんとかオマケして設備の向上をお願い出来ませんか?」

「僕達にとっては教室の改修と同じくらい設備の向上も重要なんです。お願いします」

「止めとけ明久、和樹。これ以上ババアは譲る気は無い。他の優秀な生徒に頼むことだって出来るんだ。引き際を間違えるな。碌な目に遭わないぞ」

「アスカの言う通りだ。この交渉に応じるしかない」


いつの間にか、相手に主導権が握られている。元々学園側に交渉に行くから向こうの方が権限は高いけど、アスカが揺さ振りを掛けたように、こっちにだってカードが無い訳じゃなかった。
なのに、今僕達に残された方法は、学園長の提案に乗るだけ。相手の方が何枚も上手だった。年の差は大きい。


「誰かの為に必死になれる優しさは長所だが、短所にもなり易い。重要なのは周囲を考えた上での冷静な判断力だ。覚えとけ」

「…うん」


ちょっぴり悔しい。良いところまで行ったと思うけど。
あとは僕達の売り上げ次第かな。


「分かりました。この話、引き受けます」

「そうかい。それなら交渉成立だね」


学園長は「計画通り」とでも言いたげに、ニヤリと笑った。
うん、凄く悪役っぽい。


「ああ、言い忘れていたことがあったよ。召喚大会には吉井と坂本で出るんだ」

「それが妥当だろうな。私と和樹で出たら相手瞬殺しちまうし、盛り上がりに欠ける」

「それなら、僕達は何を?」

「そうさねぇ…。日向には歌でも歌ってもらおうかね」

「――え?」


思考が一気にストップした。
歌?歌を歌ってほしいって……はい?


「顔出しはしなくていいよ。放送室でラジオ感覚で歌ってもらえれば」

「ちょ、ちょっと待って下さい!何でそうなるんですか!?」

「これは学園祭だよ。祭りは盛り上がってナンボだ。突発ライブがあれば、それだけで集客が期待出来る。
何ならそこでFクラスの宣伝をしてもいい。人気歌手がお忍びで来て、Fクラスに訪れて気に入ったとか言えば、お前達にも利益があるだろう?」


何てこった…。まさか学校で顔隠しライブ(実際にはラジオ)をすることになるとは思いもしなかった。
これは会社と相談しないといけないよね…。でもすぐにオッケー出そう。僕が所属してる会社は“あの人”の傘下だし。アスカが言えば無理矢理にでも予定を開けて準備をしてくれるだろう。


「そんじゃ私は?」

「日向のアシストと、もう一つあってね。それは後で、個人的に言うよ」

「…そーかよ」


アスカには個人的に?…危なくなければいいけど。


「学園長、こちらからも提案がある」

「何だい?言ってみな」

「召喚大会は二対二のタッグマッチ。形式はトーナメント制で、一回戦が数学だと二回戦は化学、といった具合に進めていくと聞いている」


一回戦が数学だったとすれば、一回戦に参加する全員が数学で戦う。二回戦では別の教科に変わる。
点数を消耗したまま戦っても派手さに欠けてしまうからだろうか。これ、一応学園の宣伝行事みたいだし。


「それがどうかしたかい?」

「対戦表が決まったら、その科目の指定を俺にやらせてもらいたい」


雄二君の目が、いつもより鋭い。学園長の反応を試しているみたいだ。
アスカと同じく、何か気になることでもあるんだろうか。


「ふむ……。いいだろう。点数の水増しとかだったら一蹴していたけど、それくらいなら協力しようじゃないか」

「……ありがとうございます」


僕達からすれば願ってもない話だ。本来なら嬉しがればいいんだろうけど…どうも微妙。
アスカと雄二君は喧嘩も相当な場数を踏んでいるし、頭の回転が速く、故に相手の思考の読み合いが得意という共通点を持つ。だからこの2人の思考はある意味似ているのだ。
そんな2人が学園長に対して気になることがある、と考えると……今年の学園祭、一筋縄では行かないっぽいなぁ。


「さて。そこまで協力するんだ。当然召喚大会で、優勝出来るんだろうね?」

「無論だ。俺達を誰だと思っている?」


雄二君の不敵な笑み。
これは4月の試召戦争でも見た、やる気満々の笑みだ。


「絶対に優勝して見せます。そっちこそ、約束を忘れないように!」

「ま、いっちょ頑張りますかねぇ」

「影ながらサポートするよ」


明久君もアスカも、もちろん僕だってやる気は充分だ。
問題解決の手段がハッキリした。あとはやるべきことをしっかりやるだけ。


「それじゃ、ガキ共。任せたよ」

「「「「おうよっ!」」」」


こうして、僕達の学園祭を巻き込んだ戦いが幕を開けた。



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