▼ 3
アスカside.
「よぉ雄二」
「奇遇だね」
部屋の物陰でその巨体を小さく丸めている雄二に、私と明久は声を掛ける。
「……どういう偶然があれば女子更衣室で鉢合わせするのか教えてくれ」
そう。雄二の言う通り、ここは体育館にある女子更衣室。
雄二のことだ。素直に女子禁制の男子トイレや更衣室に行くとは思えない。寧ろ裏をかいて男子禁制の場所に逃げていると思ったんだが……まさか、こんなにも簡単に見つかるとは。
「やだな、ただの偶然だよ」
「つか私は女子だしな」
「嘘を吐け。こんな場所で偶然会うワケが」
ガチャッ
雄二の台詞が、そこで途切れる。
音を立ててドアが開くと、そこには体操服を着た女子の姿があった。
「えーっと……あれ?Fクラスの問題児トリオ?ここ、女子更衣室だよね?」
「やぁ木下優子さん。奇遇だね」
「おひさー優子」
「秀吉の姉さんか。奇遇じゃないか」
「あ、うん。奇遇だね」
あっはっは、と爽快に笑ってみせる。
うん、こんなのはただの偶然。奇遇だ。偶々雄二が女子更衣室に居て、そこに偶々私と明久が行って、偶々優子が知らずに入ってきた。それだけ。
「先生!覗きです!変態です!」
「逃げるぞ明久!アスカ!」
「「了解っ!」」
更衣室の小さな窓から外に飛び出す。やっぱり誤魔化すには無理があったか!
『吉井と坂本と神凪だと!?またアイツ等か!』
「雄二マズい!鉄人の声だよ!」
「後ろから追っ駆けて来る!距離は今のところ60メートル!」
「とにかく走れ!」
上靴だけど、構わず外を突っ走る。相手は鉄人。捕まったら終わりだ。
つか私、女だよな?何で逃げてんの?ってか優子も平然と私を含めて変態にしやがったし!
なんて言っても状況は変わらない。なんせ相手はあの鉄人。入学してから何回も鉄拳制裁のお世話になってる私が反論したところで聞く耳を持つワケがない。恐らく雄二と明久共々補習の餌食だ。それだけは勘弁っ!
「見つけたぞ!3人共逃がすか!」
「くっそもう来やがったか!」
相変わらず足が速ぇ!
趣味にトライアスロンが挙げられる鉄人は、生徒指導主任の名にそぐわず身体を鍛えている。高校生を捕まえるのにも発揮されるその肉体は脅威でしかない。
「明久!アスカ!」
隣を走る雄二の声。名前しか呼ばないってことは、説明する時間が惜しいってこと。
雄二の視線を辿れば、前方の新校舎2階にある開け放たれた窓が目に入った。
あそこから校舎内に逃げ込もうってワケか。
「オーケー!」
「ラジャー!」
雄二からの合図を受け、明久が走りながら上着を脱ぐ。その間に雄二は私等の横を駆け抜け先行した。
「そっちは行き止まりだ!観念して指導を受けろ!」
どんどん近付いて来る鉄人の気配は、ハッキリ言ってメチャクチャ怖い。
「行け!明久!」
「あいよっ!」
先行していた雄二が止まり、こちらを向く。手を組んで作られた踏み台に明久は足を掛け、一気に飛び上った。
その間にも雄二は腕を振り上げていたので、明久は難なく2階の窓に飛びついている。流石は明久と雄二。良いコンビーネーションだな。
「くっ、このバカ共!こういう時だけ無駄に運動神経を発揮するとは!」
「あらよっと!」
舌打ちでも打ちそうな鉄人。それを他所に、雄二は明久が垂らした制服の端を掴み、明久は一本釣りでもするかの様に引っ張り上げていた。
雄二は身長高いし喧嘩で身体が鍛えられてるから、ちょっと壁上りくらい楽勝なんだよねぇ。
そんなことを考えてる間にも鉄人は追って来る。ひぇえええ、超怖ぇ。
「神凪!貴様だけでも捕まえるぞ!」
「ヤなこった!」
「アスカ早く!」
私は助走をつけ、壁際でジャンプする。くるりと空中で一回転し、窓の縁に手を付けた。
そのまま壁を蹴って校舎内へ跳び込む。ふーやれやれ。
『吉井!坂本!神凪!明日は逃がさんぞ!』
流石の鉄人も独力じゃ2階までは来れない。かと言って正規ルートでこっちに来るんじゃ、その前に私等はズラかれる。
悔しそうな遠吠えをして、鉄人はこっちに来るのを諦めた。
「明久、制服治すから貸せ。雄二引き上げる時にどっか切れただろ」
「ありがとうアスカ、助かるよ。
それにしても……また要らない悪評が増えていく…」
「俺の方こそいい迷惑だ。お前が来なければこんなことにはならなかったのに」
まるで自分は悪くないとでも言いたげだな雄二。
「つか、そもそも雄二が女子更衣室なんかに隠れていたのがいけないんだろ」
「そうだよ。どこかの教室だったら問題無かったのに」
「し、仕方ないだろ!相手はあの翔子だぞ!普通の場所なんかで逃げ切れるか!」
確かに…。翔子なら、女子禁制だとしても男子更衣室くらいなら平然と入って来そうだ。
「ところで、どうしてそんなに必死に霧島さんから逃げてるの?」
「……ちょっと、家に呼ばれていてな……」
「僕から見れば羨ましいけど?霧島さんの部屋でしょ?入ってみたいけどな〜」
「私も翔子の部屋は入ったこと無いなー」
「…………家族に紹介したいそうだ」
「「……まだ付き合ってるワケじゃないんだよね/な?」」
お、おいおい…。思わずハモったぞ。
翔子は昔から思い立ったら一直線なタイプだったからなぁ…。何と言うか、一途?ってか想いが強いんだと思う。同情心が湧かないこともない。
でも、残念ながら私等の事情はそんなモン関係無いんで。
「さて雄二、そんな君に朗報ですっ」
「そうか。嫌な知らせだったら殺すぞ」
「…………」
「負けるな明久。とりあえず雄二、こちらのスマホをどうぞ」
「まったく、何の真似だ?」
あまりの本気の声に明久が一瞬言葉を失ってしまった。八つ当たりすんなってのに。
代わりに私が雄二にスマホを渡す。既に美波の番号を呼び出し済みだ。
雄二は訝しみながらもスマホを受け取り、耳に当てた
《もしもし、坂本?》
「島田か。一体何の真似だ?」
《あ、ちょっと待って。今替わるから》
「替わる?誰と――おい。もしもし?」
美波と数名の遠い話し声。あ、今誰かにスマホを渡したかな。
《……雄二、今どこ》
「人違いです」
プツッ
スゲェ判断力だな。咄嗟に「人違い」なんて切り返せないと思うんだけど。
「コロス」
「まぁ落ち着け。カタコトの日本語は止めよう。異様に怖い」
「お願いを聞いてくれたら悪いようにはしないからさ」
「お願い?ふん。学園祭の喫茶店のことか」
「ご名答」
こういう時、雄二が本当に神童だったと改めて認識させられる。頭の回転が超速いから。
「やれやれ。こんな回りくどいことをしなくても、明久が『大好きな姫路さんの為に頑張りたいんだ!協力して下さい!』と言えば、面倒だが引き受けてやるというのに」
「なっ!?べ、別に、そんなことは一言も…!」
「そうか、その手があったか」
「アスカまで何言ってるの!『成程!』みたいに手を叩かないでよ!」
「あー、はいはい。話は分かった。仕方ないから協力してやるよ」
一転して雄二の顔がニヤニヤと楽しそうな笑みに変わる。対して明久は拳を握り悔しそうにプルプルしてる。
ホントコイツ等と居るのは飽きないなぁ、もう。見てるだけで面白い。
「まぁとにかく、引き受けてくれてサンキュ」
「気にするな。それより、島田と翔子は親しかったのか?」
探る様な雄二の目付き。
そりゃあ気にもなるか。クラス内に私と和樹以外の親しい人が増えたら、雄二の情報ダダ漏れになる可能性があるし。
AクラスのトップとFクラスの美波が一緒に行動してるってのも気になる要素かね。
「うーん、聞いても怒らない?」
「バーカ。どうせ引き受けたんだ。今更怒ってどうするんだ」
それもそうか。確かに引き受けてくれたことだし、教えてやってもいいだろう。
「そんじゃネタ晴らしな。
実は電話の向こうに居たのは、翔子の声真似をした和樹で」
「お前等、目を瞑って歯を食いしばれ」
この嘘吐き。
prev / next
3 / 5