我が道を進め! | ナノ


▼ 3

アスカside.



桜色の花弁が徐々に姿を消し、代わりに深緑が芽吹くこの季節。
文月学園では、新年度最初の行事である清涼祭の準備が始まりつつあった。
お化け屋敷に焼きそば屋なんていうポピュラーな物から、学校独自の試験召喚システムを使った展示を行うクラスもあるそうだ。
学園祭準備の為に用意されたLHRでは、どこも活気が溢れている。
そんな中、我等Fクラスは言えば――


「吉井!来い!」

「勝負だ、須川君!」

「お前の球なんか、場外まで吹っ飛ばしてやる!」


何の準備もせずに野球をしていた。
まぁ、私は近くの木の上に座って教頭に関する資料を読んでるんだけど。


「随分とまぁゲスいねぇ、教頭の野郎…」


B5の紙3枚に両面印刷された情報を見て、眉間に皺が寄ったのが自分でも分かった。
教頭の名前は竹原。学園長であるババアの失脚と文月学園の転覆を狙っているらしい。
その為に近所のヤクザ……それも薬とかに手を染めてる連中と会話しているところが目撃されている、と。
密会をするなら監視カメラに気を付けねぇと。今の時代、それなりに知識と腕があったら簡単にハッキング出来ちまうんだから。


「つーか、私のシマに手ぇ出そうとしてる輩がまだいたのか…」


竹原と組んでるのは、恐らく私と喧嘩して更生されていない奴等だろう。もしくは喧嘩しても更正されず残ってる奴か。
大抵1回ブッ飛ばせば素直になったから気にしてなかったが、私にやられて恨みを持つ奴は少ないがいる。
私も文月学園の生徒だ。竹原と組み、運がよければ私に一泡吹かせられる…とか考えてんだろ。アホかっての。
そう簡単にやられてやる程、堕天使の名前は安くも弱くも甘くもない。
それに今回はあの人にそこそこデカイ仕事を任されてる。平行してやんないとなぁ…。


「貴様等、学園祭の準備をサボって何をしているか!」

「ヤバい!鉄人だ!」


ヤッベ、来たか!
私もサボってるのと変わらないからな。ここは急いで退散しなくては。
あの鍛え上げられた拳でボコボコにされたら一溜りもない!


「神凪!貴様がサボりの主犯か!」

「違ぇよ!何で毎回私を目の敵にすんだよ!第一、私は野球してねぇし!」

「サボっていたことは否定しないだろう!」

「ただサボってたんじゃない!ちょっと考え事してただけだ!」


それが何とは言えないけどな!
木から飛び降り、ひたすらダッシュ。なのに全然振り切れないとか、ホントに人間か!?
いつの間にか私の左側に同じくダッシュで逃げている雄二と明久がいた。
そうだ、元はと言えばコイツが原因じゃんか!


「鉄人、雄二だ!クラス代表の坂本雄二が野球を提案したんだ!」


出し物の内容を決める時間にサボろうと言って来たのは雄二だ。ついでに野球でもしないか、とも言っていた。
きっと責任を取って制裁を受けてくれるだろう!
そう思い雄二の方を見ると、アイツは明久に視線で訴えて来た。


『フォークを 鉄人の 股間に』

「違う!今は球種やコースを求めているんじゃない!」

『アスカは 頭に ストレートを』

「それ私等が怒られるだけだろ!?」


それと、何故雄二は私が四次元ハンカチに野球ボールを仕舞ってることを知っている!?


「全員教室に戻れ!この時期になってもまだ出し物が決まっていないなんて、うちのクラスだけだぞ!」


鉄人の声が青空に響く。
そうして、私等はあの薄汚い小屋のような教室に連れ戻されてしまった。


*****


Aクラスとの戦いで敗北したことにより、我等Fクラスの設備は一段と酷くなっている。
腐っていた畳はござに、破損が激しかった卓袱台はみかん箱に。
ホントにここは高校なのかと思うくらいだ。つか、文月学園って私立だろ。私立校は設備が綺麗だから生徒が来るモンじゃねーの?存在意義がおかしくなってるぞ。もうイジメの域だろこれ。
その状況を作った張本人であるFクラス代表は、ござに座って欠伸をしている。腹立たしい限りだ。


「さて。そろそろ春の学園祭、『清涼祭』の出し物を決めなくちゃいけない時期が来たんだが…。
とりあえず、議事進行並びに実行委員として誰かを任命する。そいつに全権を委ねるので、後は任せた」


初っ端からやる気が無いなコイツ。
試召戦争の時と違って…と言うか最早真逆の態度。
雄二は昔から、興味の無いことにはとことん興味が無い。1ミリでも興味が傾くことは無いのだ。


「それはアスカも同じでしょ」

「否定はしない」

「『出来ない』の間違いじゃない?」


いつもより少々棘のある言葉が私の胸に刺さる。何でそんなに今日は不機嫌なんだ和樹よ。
訊いてみると、「新作のアニメの収録が思ったよりもハードでさぁ…。もうどんだけ撮り溜めればいいの?ってくらいなんだよねぇ……」とのこと。
なんでも今回のアニメでは和樹が主役なのだが、監督が凄く神経質ってか拘りが人一倍ある人らしく、何度もリテイクさせられたらしい。
「まぁ、仕事が貰えるだけありがたいよ」と苦笑いしているが、その顔は少し疲労が溜まっているように見える。
加えて主題歌も歌うことが決定してるから忙しいんだとか。それでも学校を休まないって凄いな。流石プロは違う。


「あの…」

「ん?どうしたの瑞希ちゃん」

「吉井君と和樹ちゃんに訊きたいんですけど、その……坂本君とアスカちゃんって、学園祭が好きじゃないんですか?」

「………………へ?」


話し合いの邪魔にならない程度の音量で瑞希が尋ねる。
ああ、その可愛い顔と豊満な胸が眩しいね…。と思ってたところに訊かれたんで、つい呆けた声を出してしまった。
訊かれたのは明久と和樹であって私じゃないけど、私の名前が出て来たから。
雄二は分かるけど…私まで入ってるのは何故に?


「雄二に直接聞いたわけじゃないから分からないけど、楽しみにしているってことは無さそうだね。興味があるのならもっと率先して動いている筈だから。アスカは?」

「いや、えっと…。雄二のことは、私が見てもやる気無さそうに見えるから訊くの分かるけど、何で私も?」

「えっと…。さっき和樹ちゃんが、アスカちゃんは興味が無いことには動かない、みたいなことを言ってたので…。それを、その……直接訊くのはどうかなって……」

「ああー、さっきの?余計な誤解を生んじゃったかな」


誤解が無いように言っとくけど、私は別に学園祭に興味が無いワケじゃない。
授業が潰れるのは純粋に嬉しいし、ワイワイ騒ぐお祭りは結構好きだ。
ただ準備とか面倒なのは避けたいってのが本音。このクラスは基本的に纏まり無いからな。


(それに今回はちょっと別件も絡んでるし…)


素直に楽しめるかどうかは微妙なところだ。


「そうなんですか……。寂しいです……」


いつもは明るい瑞希の表情に、少し翳りが差した。


「明久君と和樹ちゃんは興味が無いですか?」

「う〜ん、どうだろ?別にそこまで何かをやりたいってワケでもないしなぁ」

「僕も仕事であんまり手伝えないかもしれないからね。でも、やるからには頑張るよ?」


明久が思ってることを、このクラス全体が思ってるだろう。
やる気無し、特別な目標も無し。
やると決めたらとことん追求してやり込むんだけど、自分からは動かない連中ばっかり。
分かり易く言うと、スイッチが入るまで時間が掛かる。そんでもって行き当たりばったりな集団なのだ。


「私は……吉井君と一緒に、学園祭で思いでを作りたいです」

「ほぇ?」


明久が間抜けな声を出す。最近大胆になって来たな、瑞希。


「その、吉井君は知ってますか……?
うちの学園祭ではとっても幸せなカップルが出来やすいって噂が――ケホケホッ」


と、瑞希が咳き込んだ。心なしか顔も赤い気がする。
風邪でも引いたか?この時期は寒暖の差が激しいからなぁ。


「大丈夫?瑞希ちゃん」

「ほい、水」

「あ、ありがとうございます…」


ちょっと苦しかったのか、若干目が潤んでる。
水を渡して背中を擦りながら、そういえばここのところ瑞希がよく咳をしている場面をよく見るな、と思った。

腐った畳から更にランクダウンをされた今、教室の環境はかなり酷い。
ござとみかん箱じゃ確実に疲れるし、物凄く不衛生だ。身体の弱い瑞希にはキツイかもしれない。
このままじゃ、瑞希が体調を崩して倒れるのは時間の問題だな。


「その内、なんとかしないとなぁ……」

「そうだね、これは流石にちょっとマズいよね…。アスカ、アレ出して」

「はいよ」


アレとは、一時的な環境快適グッズのこと。
懐から取り出した四次元ハンカチを風呂敷程度の大きさに広げ、中から綺麗な座布団と設置型の消臭剤、空気清浄機を引っ張り出す。あとファ○リーズも。
ファ○リーズを瑞希の席のござにスプレーし、座布団を敷いて少し離れたところに消臭剤と空気清浄機を置けば、多少改善はされる筈。


「ほい、どうぞ」

「ありがとうございます、アスカちゃん」

「気にすんな。座布団も消臭剤も、まだまだ一杯あるから」


空気清浄機は一台しか持ち歩いてないが、瑞希は普通より身体が弱い。1人で使ってても文句を言う奴は居ないだろう。寧ろ使っててくれ。
対して私は鍛えてるからこれくらい平気。和樹にウイルスは効かないし、美波も女の子だから一応設備は整えてあるけど、瑞希に比べたらまだ丈夫だ。なんとかなる。
瑞希が倒れるまでに設備をどうにかしたいけど、残り2ヶ月は試召戦争の宣戦布告が出来ないから、設備の交換を申し込めないんだよなぁ…。どうしたものか。


「んじゃ、学園祭実行委員は島田ということでいいか?」


あ、そうだ。今は学園祭の準備について話し合ってるんだった。


「え?ウチがやるの?う〜ん……ウチは召喚大会に出るから、ちょっと困るかな」


投票とかで決まったんじゃないのかよ。雄二のいきなりの指名だったのか。
まぁこのクラスだったら代表権限でパパッと決めた方が早いかもしれねぇけど。


「雄二。実行委員なら、美波より姫路さんの方が適任なんじゃないの?」

「え?私ですか?」

「えっと…明久君、それは多分難しいと思うよ」

「何で?話し合いが荒れないで済みそうじゃない?」

「瑞希の性格をよく考えろ。全員の意見を丁寧に聞いているうちにタイムアップになるぞ」


瑞希は優しいから、例え少数派でも意見として真面目に取り合い、切り捨てたりはしないだろう。それがこういった集団だと逆効果になる。
普段は美点なんだけどなー。


「それにね、アキ。瑞希も召喚大会に出るのよ」

「え?そうなの?」

「はい。美波ちゃんと一緒に出場するつもりなんです」

「あれって学校の宣伝みてーなモンだろ?物好きだな」


文月学園には、世界的に注目されているこの学園特有の“試験召喚システム”がある。
今年はそのシステムを世間に公開する場として、清涼祭の期間中に“試験召喚大会”というものが催される予定らしい。
それにちょっと別件絡んでるけどな。
如月ハイランドのペアチケットが賞品として出る。本来なら私も出たいところだけど、竹原と組んでる奴等に出場してることがバレるとマズい。大会そのものに影響が出る。
こっちとしては穏便に事を済ませたいんでね。別の作戦を練ってるところだ。非常に面倒くさい。


「ウチは瑞希に誘われてなんだけどね。瑞希ってば、お父さんを見返したいって言って聞かないんだから」

「え?お父さんを見返す?」

「うん。家で色々言われたんだって。『Fクラスのことをバカにされたんです!許せません!』って怒ってるの」

「あらら。姫路さんが怒るなんて珍しいね」

「だって、皆のこと何も分かっていないくせに、Fクラスっていう理由だけでバカにするんですよ?許せませんっ」

「「「…………」」」


ごめんよ瑞希、それは弁解の余地が無いわ。
コイツ等のことをよく知ってる私でもFクラスはバカだと思う。
別名バカの巣窟。学年一のバカ共が集められた、学年一のバカ集団だ。
私もその一員だけどな!楽しいから結果オーライだ!



prev / next

3 / 4

[ Back ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -