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「えー、おはようございます。二年F組担任の福原慎です。よろしくお願いします」
Fクラス担任の福原先生は、とても優しそうだった。
…鉄人みたいな先生じゃなくてよかった……。
先生は自己紹介をしようとして、黒板に名前を書こうとして、止めた。
……チョークすらまともに無いんだ、このクラス…。
「皆さん全員に卓袱台と座布団は支給されていますか?不備があれば申し出て下さい」
この教室には机が無い。
代わりにあるのは畳と卓袱台と座布団。
…なんて斬新な設備だろう…。
一年生のときから噂には聞いていたけれど、実際に目の当たりにすると本当に酷い……。
倉庫なんじゃないかな。ここ。
「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入ってないですー」
クラスメイトの誰かが、早速設備の不備を申し出る。
「あー、はい。我慢して下さい」
「センセ、窓が割れていて風が寒いんですけど」
「あー、はい。我慢して下さい」
「先生、俺の卓袱台の脚が折れています」
「木工ボンドを支給しますので、後で自分で直して下さい」
ここは本当に高校ですか?
僕は別の意味でAクラスと同じ台詞でツッコんだ。
「必要なものがあれば、極力自分で調達するようにして下さい」
ああ…。駄目だ、もう、このクラスは。
「では、自己紹介でも始めましょうか。
そうですね。廊下側の人からお願いします」
廊下側、秀吉君からだ。
「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる。」
うん、いい。可愛い。
もう合格だよ。どれだけ僕のハートを打ち抜けば気が済むんだろうって程だよ。オタク魂に火がつきそうだった。
「―――と、いうわけじゃ。今年一年よろしく頼むぞい」
綺麗に微笑む秀吉君に、数名の男子が顔を赤くした。これは、惚れるよねぇ。
そして次の人が立ち上がる。
「………土屋康太」
細い身体つきの康太君は一言で紹介を終わらせて着席した。
絶対に印象に残らないようにしてるなぁ。計算高い。
―――なんて、少しだけ考え事をしているうちにまた別の生徒。
「―――です。海外育ちで、日本語は会話はできるけど読み書きは苦手です」
今度は女の子の声だ…!
「あ、でも英語も苦手です。育ちはドイツだったので。趣味は―――」
よかった…。
女の子もちゃんといたんだね。
「趣味は吉井明久を殴ることです☆」
怖いっ。ピンポイントに明久君を狙ってる!
こ、この子は…!
「はろはろー」
「……あぅ。し、島田さん」
「吉井、今年もよろしくね」
去年のクラスメイトの美波ちゃんだ。ポニーテール可愛い〜。
次は、明久君だ。
「――コホン。えっと、吉井明久です。気軽に“ダーリン”って呼んで下さいね♪」
『ダァァーーリィーン!!』
うわぁ。これは精神的にクるなぁ。
明久君なんて顔が真っ青だ。
「――失礼。忘れて下さい。とにかくよろしくお願い致します」
実際に言われるなんて思わなかったのか、明久君の顔色が一向によくならない。Fクラス恐るべし。
その後も単調な自己紹介が続く。
眠い。昨日はアニメ見てて遅くなったし…。
欠伸をしたら、ガラリと教室のドアが開き、女子生徒が立っていた。
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