いつか目覚める時に
「……あ、ぶなかった…」
涼太との通話を終了させた私は、全身から力を抜いた。
校舎の白い壁を背凭れにして、詰めていた息を吐き出す。
危なかった、本当に。涼太はこういうことに敏感だったりするから、余計心配を掛けてしまう。
「こっちで迷惑あっちで迷惑…最悪だな、私」
太陽の光が届かないじめじめとした校舎裏に、私は座り込んでいた。
お昼休み、早々にご飯を平らげた私は、丁度来た女子に呼び出された。
流石に中学生で髪を染めるまではしていないものの、明らかに化粧をしていると分かる顔。
そんな女子数名に名前を呼ばれた私は二つ返事でその呼び出しに応じた。
――何をされるか、理解した上で。
「まさか木製とはいえバットを持ち出してくるとは…。何かしら武器を持ってるだろうと思ってたけど」
一体どこから拝借したのか。ワザワザ家から、って線は無いだろうけど。あったらそれはそれで引く。
分かり易い、嫉妬の塊。
それを胸で溜め込み行動に移せる女子生徒は、こうして私に日々暴力を振るうようになっていた。
もちろん嫉妬しても私のイジメに加担しない生徒も居るが、そんなもの少数だ。
しかもそういう人に限って見て見ぬフリをして、尚且つ仕草がハッキリしている。
自分の手で治める勇気は無いけど、やられているのを止める理由は無い、ってところか。まぁ、当たり前っちゃあ当たり前だね。
本日のイジメ内容のおさらい。
まず登校時、靴箱に大量の生ゴミが突っ込まれていた。
教室に入ると全員からの噂話。机の上には菊の花が置かれ、いつも通りの落書き。
机の中には折ったカッターの刃が幾つか仕込んであって、それでちょっと手を切ってしまった。
移動教室中の罵詈雑言。トイレに行けばバケツ一杯の水を浴びせられる。
そして先程人目のつかない校舎裏に呼び出され、暴言と暴力を受けた後に、どこから持って来たのか知らない木製バットで足と腹を殴られた。
制服が濡れたのは嫌だなぁ。代えがあるからいいけど、クリーニングに出すの面倒。でも出さないと臭そうだ。
とりあえず上下ジャージに着替えたから今のところ問題無い。これでジャージまでおじゃんになってたら途方に暮れるところだったが…詰めが甘いな。
いや、これで厳しくなるとちょっとマズいか。
バットで殴られた左足と腹の痛みに耐えられず、5時間目はサボろうと思っていた頃。
不意に鳴ったスマホに、なんてタイミングだと舌打ちした。
相手はあの涼太。涼太と仲良くなった経緯は番外編参照なんだけど…簡単に言えば、今回と同じ感じだ。
女子が私に嫉妬して、そこに颯爽と現れた涼太が助けてくれて、色々話した感じ。
そんなもんだから、涼太は少し引っ掛かったかもしれない。会話中、私が不自然に息を詰まらせたこと。
話していたら腹の痛みが急に来て、呼吸が辛くなってしまったのだ。
なんとか誤魔化したけど……何かあったとは思われているだろう。基本バカな涼太でも、勘だけは鋭いところがあるから。
(涼太が自分の中だけで疑問を解消してくれればいいけど…多分、テツヤとかには言ってそうだねぇ。そうなれば、また私に折り返しの電話が来るかもしれない)
その時、私は普通に話せるだろうか。
私はどうもテツヤに甘いところがあるから、ポロリと、何でもないフリをしながら零してしまうかもしれない。
そうなれば、あの片割れは、絶対に何とかしようと思う。片割れの思考なんてすぐに想像がつく。
赤司辺りに連絡して、裏を取ったりとか。
その行動は嬉しいけれど、その為にバスケの練習時間や休憩を削るのはやめてほしい。
私なんかの為にそこまでする必要なんて、塵芥も存在しないのだ。
「…痛い、なぁ……」
右足の痛みが段々酷くなっているらしい。触る勇気も無いくらい熱を持っている。
腹のズキズキとした重さも、どんどん身体中に広がっている様で。
このままバスケが出来なくなったら、どうしよう。
浮かぶのはそんなこと。この状況をどうしようか、とか。授業に遅れる、とかじゃない。
私が考えるのはいつだってバスケ。それに繋がる仲間のこと。
無意識に、嫌いになりたいなんて願いながら、必死にしがみついてる。その姿のなんて滑稽なことか。
「白雪姫」などと呼ばれても、私は全く嬉しくない。才能を振り翳すことしか能の無い私は、白雪姫の美しさを妬んで殺そうとした「魔女」の方が合っている。
(ちょっとだけ…寝よう)
ここなら誰も来ないから、きっと放っておいてくれる。
殻に篭って独りになるには確かに丁度良い場所だ。
皆の顔も、私を虐める女子の言葉も、全てを遮断して。ほんの少しだけの安息が欲しい。
寝て起きたら、私はまた虐められる。でもちょっと休めば、すぐにまた傍観出来るようになる筈だ。
平気な顔をして、その暴力を受け入れられる。
目を閉じて深呼吸すると、すぐに私は夢の世界へ旅立った。
「……ここに居たんだ」
意識が落ちる瞬間。
静かな校舎裏に響いた声を、私の耳が拾うことは無かった。
白い魔女になりたい少女は、ただ願う