見えない悪意

それは、突然訪れた。



(……上履きが無い)



いつも通りに学校に来て、下駄箱を見たら、上履きが無くなっていた。

代わりに入っていたのは真っ白で無地の封筒一つ。宛先人は不明。

そっと中身を開いて確認すると、それはそれは随分と酷い殴り書きで。

書いてある内容に、私は深い溜息を吐く。



(とりあえず、職員室に行ってスリッパ借りて来よう…)



面倒くさい。私は手紙を鞄に仕舞うと、また一つ溜息を吐いた。



*****



「おーっす…って、どうしたんだよ朔夜。スリッパなんて履いて」

「…おはよう、桃城。別に気にしないで」



朝から本当に元気だねぇ彼は…。

暗くて面倒くさがりで基本的にやる気の無い私とは大違い、寧ろ真逆の存在だ。

そんな彼が、何故私なんかと普通に接触してくれるのか、私は知らない。

私なんてそこら辺のモブと変わらない。クラスメイトAとか名前が付けられたら、それだけで充分なのに。


男子テニス部レギュラーで、爽やか系イケメン。

明るいムードメーカー。部活熱心で誰にでも優しい。

そんな桃城に恋心を抱く女子は多い。男テニは元々女子から凄い人気だけど、2年代表格は桃城と、別のクラスの海堂だ。

周りがキャーキャーと黄色い声を上げるのなんて日常茶飯事。

帝光に居た時に人気だったのは男バスだったから、それくらいは慣れてる。


…そして、同時に知っている。

アイドル的存在である彼等に近付き過ぎた女子の身に起こる災難も。



(『桃城くんに近付くな』『顔目当ての不潔女』か…。酷い言われようだねぇ)



今朝下駄箱に入っていた手紙の内容は、私に対する嫉妬だった。

私と桃城は偶々同じクラスで、偶然席が隣同士で、新学期の初めに彼が話し掛けてきた……って、そんな感じから始まる付き合いである。

以来道具を貸し借りしたり、勉強を教えたり。そんな隣の席ではよくあることをするようになっただけ。

そもそも私は必要以上に桃城に話し掛けた憶えが無い。いつも話を振って来るのは桃城で、私はそれに相槌を打ってるだけ。

しかも私は人付き合いが苦手で、クラスメイトと話す時間は全て睡眠にあてて生きてきた様な人間だ。

そんな奴に嫉妬するなんて、余程桃城が好きなのか。それとも暇なのか。



(どちらにせよ、面倒事が降り掛かるのは確定か)



似た様なことに遭わなかったワケじゃない。涼太と仲良くなったのだって女子の嫉妬絡みのことだった。

親友のさつきも、男バス一軍レギュラーのマネージャーで大輝の幼馴染だから、なんていう理由でイジメを受けていた。

もちろんそれ等は既に解決済みで、今では涼太を手懐ける人と帝光では認識されているし、さつきのマネとしての頑張りは皆認めている。


ただ、思ったのは。

私が男子テニス部に関わることで、もしかしたら周りに影響が出るかもしれないってこと。

今でも男テニとは昼食にお邪魔させてもらっているから、それが女子達に知られればタダじゃ済まないだろう。

私に矛先が向くだけならいい。けど私の所為で男テニに迷惑を掛けることだけは嫌だ。

例えば「黒子朔夜が男テニと昼食を取っている」と知られた場合、「なら自分だっていい筈だ」とか考えて無理矢理昼食に同行したりとか。

彼等が部活に注ぐ熱意は帝光のバスケ部と似てる。境遇も。

だとしたら、彼等も、必要以上に注目されるのは嫌悪感を抱くかもしれない。

それが原因で練習に集中出来ず、無理をして怪我したり、実力が落ちてしまったら?

私が彼等の人生の半分を奪ったも同然だ。責任を取れる範囲を超えてしまう。



(それだけは、絶対にダメだ)



将来有望な才能持ちを、中学だけで潰してしまうなんて。そんなことはダメだ。

彼等はきっと高校生になったら、もっと成長したら、世界に名を轟かせるかもしれない。

そんな未来を私が潰すワケにはいかない。潰してしまう理由になっちゃいけない。

だって私は、時々話をするだけの、赤の他人。

マネージャーでもない私は、そこら辺の生徒B。

深く関わりが無い者が誰かの人生を壊すなんてこと、許されない。


ましてや、私は。

1年生の時に、対戦相手の心を根っこから折っていって。

最終的にはバスケをするやる気さえ削がせた大悪党。

その人にとって何よりも大切なモノを奪い、微かな希望さえ粉々に砕いた。

“才能”なんていう一方的な暴力を、勝ちたいが為に振り翳して。



「そうだ朔夜、今日の昼なんだけど」

「ごめん桃城。一緒に昼ご飯食べられない」



そんな、最低で最悪な選手。

毒林檎を食べた可愛らしいお姫様なんてものじゃない。

もっと真っ黒な、それこそ魔女よりもタチが悪い。



「と言うか、これからはずっと無理」

「な、何でだよ?何か用事が…」

「特に理由は無いけど……そうだねぇ、あえて言うなら」



君達に恋する女子達にとって私は悪人。嫉妬と憎悪の対象。

そんな身勝手な感情を君達の前に表したくない。

そんなくだらないことで、頑張ってる君達の道を妨げたくないんだよ。



「面倒くさいから」





毒林檎を撒き散らす白雪姫


mae ato
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -