球技大会本番・午後 2
これを言うとナルシストみたいだけど、バスケ界……少なくとも女子バスケ界で“白雪姫”の名前を知らない人は居ないだろう。
それだけ私の通り名は有名だと思ってる。
有名になったキッカケは去年の女子全中決勝戦。
帝光は順調に勝利を重ね勝ち進み、前の全中優勝校と決勝戦で当たった。
相手はそりゃあもう強くて強くて。第3Q終了時には26点差。第4Q2分入った頃は30点差。
誰がどう見ても帝光は絶望的な状況で、敗北を予感していた。
そんな時、私の才能が開花したのだ。
約1分15秒で同点まで追い込み、残り約2分でダブルスコアを付けた。
その時の戦略は凄く簡単。
『ボール全てを私に回す』。これだけ。
自分で立てといて何だけど、先輩達には酷いことをしたと思う。
全部私にボールを回すということは「私が全てゴールを決めるから、先輩達はボール回しに徹底して下さい」と言ってるのと同義。
なんて身勝手で我儘。先輩達を無視し、格下だと見下した作戦だ。これを指示した時、許してくれた先輩達には感謝してもしきれない。
白雪姫以外がシュートすることが出来ない。
例え味方であろうと脇役になる。
相手はただの背景となり、止めることは不可能。
その場には白雪姫しか動けない。
「白雪姫の独壇場」
使いたくなかったんだけどねぇ…。
こんなに点差を付けられたらやるしかない。
視界が一気に広がって、よく見える。
もう私に敵は居ない。
あるのはボールを回してくれる存在四つと、ゴールだけ。
エンドラインギリギリで水野からボールを貰った私は、1回ドリブルをして、シュートモーションに入る。
普通は届くワケない距離。やけくそに見える行動。
けど私には――すぐ目の前に見える。
「そんなの入る筈が…」
「入れる」
入る、入らないじゃない。
入れるか、入れないか。
放ったボールは大きく弧を描き。
導かれるままに、リングに触れること無くネットを揺らした。
「な…っ!」
「残念でした」
有り得ないと顔を歪める相手を見向きもせず、再び位置につく。
まだ、安心出来る程の点数を稼いでない。未だ9点ビハインドだ。
あと1分以内に点数差を0にする。
それを確実にする為には、相手にシュートを入れさせないようにしつつ…。
「やっぱりスリーの方がいいか。川瀬」
「了解や」
川瀬は眼鏡を掛けてるから目が悪い、んだけど。それとは別で、動体視力はズバ抜けている。
相手のドリブル、パスを出す瞬間、他の人とのアイコンタクトに至るまで。
その動体視力で見て、即座に動ける才能があった。
「ほいっと」
「あっ」
「もーらい♪」
だから私は、川瀬の武器を磨く事にした。
私の動きをひたすら見る練習。スピードもそこそこにある私なら、動体視力を磨くのに適してたから。
相手は言っちゃ悪いけど私程のスピードは出せない。なら、パスカットなんて簡単だ。
そのボールを貰い、3Pを決める。これで残り6点。
「1本確実に行くわよ!あの女以外は大した事ないんだから――」
「やらせるワケないでしょ!」
田村プライドが高い。そりゃあもう、自分に出来ない事があると許せないくらいに。
別に「何でも出来る」っていう自惚れじゃなくて、「出来ない事があるなら出来るようにしてやろう」って感じ。
そして視野が広く、尚且つ上に立つ……つまりリーダーの素質があった。
私が田村に教えたのはゲームメイクの仕方。
今味方の誰がどこに居て、相手の誰がどこに居て、何をしようとしてるのか。
時には川瀬の見ているモノさえ情報として捉え、味方に正確な指示を出す。
つまりは、PGの才能があったワケだ。
「美羽、センターまで下がって!右手後方に手を出す!」
「はいっ」
「ち…っ」
田村の指示を受けた水野が動き、相手のドリブルをスティールする。
水野は基本オドオドしてて運動が苦手の、普通の女の子だ。
だけど一度スイッチが入ると、水野は変わる。
動きがメチャクチャ速くなるんだ、この子。私程じゃないけど。
指示されたことを一瞬で理解し、行動出来る瞬発力。それが水野の才能。
だからひたすら役割を与えて、瞬発力を鍛える練習をした。
小説家がお題を貰って書き、腕を磨くのと一緒。
スティールされたボールを拾い、再び3P。
あと一本決めれば、同点だ。
「どうです?」
「何が…ッ」
「『初心者』だの『使えない』だの言っていた人達に、連続で点数を取られる感想は?」
4番が歯軋りしている。まぁ、喧嘩売ってるからね、こっちは。
好き勝手言わせるだけ言わせておいて放っておくワケないじゃん。
仲間を侮辱された。やり返す理由なんて、それで充分だ。
「…っなら!」
「あっ!?」
田村がドライブで抜かれる。
ほーんと4番、動きが速いねぇ。関東大会に出場しているだけはある。
でも、何をする気だろう。
「コイツは使えない人間でしょ!」
「…っ」
「…………古沢?」
4番が突っ込む間、他に2人が古沢を抑え込む。ディフェンスの古沢を動かさない為に。
…成程。相手にとって、古沢はどうやっても使えない人間なのねぇ。
確かに古沢は身長があるけどそこまでスピードは無いし、司令塔って柄でもない。
動体視力も人並み程度。ゴール下のシュート率も、ホント普通。
身長があるのに勿体無いと思って、私は必死に古沢の才能を洗い出した。そして、見つけたんだ。
古沢の、才能を。
「バスケで使えない奴は居ない。才能に差や種類はあれど、完全に何も出来ないことはない」
古沢はシュートをする時、凄い回転を掛けて、尚且つ長い腕を思いっきり伸ばす。ゴール下シュートは距離感が掴めないからシュート率が平凡だった。
それなら、遠くから撃てばいいじゃないか。
簡潔に言ってしまえば、それが答えで。
川瀬が4番のボールをスティールして私にパスする。
その時には、もう古沢はハーフラインを越えていた。
「古沢!」
確実に古沢へパスを回す為、凄く、それはもういつもと比べてかなり弱めにボールを殴る。
殴った勢いでパスを送るイグナイトパス。キセキの奴等相手なら容赦無く放つけど古沢だし、通常より勢いを殺した。
それでも速さは普通のパスとは比べ物にならない。ボールはコートを縦に突っ切って、古沢の手へ収まった。
相手は誰も居ない。これが私等の作戦。
古沢が3Pラインから投げたボールは回転し、ふわりと舞って、真っ白なネットを揺らした。
人それぞれの才能