球技大会本番・昼休み

「つっかれた……」

「よっす。見てたぜ試合。相変わらずの圧勝ぶりで」

「桃城…。そっちこそ、試合は?」

「勝ったぜ」

「圧勝?」

「そりゃあ。相手テニス部じゃねぇし。海堂が来るまでは負けねーよ」

「ふーん…」



ま、ライバルはそうじゃないとねぇ。


初戦で快勝をした私達2年8組女子バスケチーム。その後も順調に進み、午前中は勝ち続けることが出来た。

今はお昼休みで各々お弁当を広げている。

私も例外ではなく寮のおばちゃんから「頑張んな」という言葉と共に渡された特別弁当を食べている。いやぁ、おばちゃんのご飯ホントに美味しくて最高です。

で、食べていたら桃城登場。結局午前の試合を見ることは出来なかったけど、あちらも勝ち進んだらしい。

テニス部レギュラーが簡単に負けたら、それこそ反感をいろんなところで買いそうだ。プレッシャーとか感じてなければいいけど。



「本当に、凄かったよね朔夜!狙ったところに確実にパスが通るなんて…。普通は出来ることじゃないよ!」

「そうそう。お陰でこっちもラクに試合が進められるし、いいわよね」

「はい!美羽にも受け取り易いパスで、とても安心します!」

「あんな技術、どこで鍛えたん?やっぱり前の学校か?」

「まぁ……ちょっと、ね」



心の中で宣言した通り、私は午前中パス回ししかやってない。

丁度いい位置にいる味方を瞬時に見つけ、敵の間を縫う様にしてボールを渡す。六人目シックスマンの大事なスキルだ。

正直、よくここまでパスだけで耐えたな、とチームメイトに拍手を送りたい。皆、頑張ってくれたよホント。


だけど、ここからはそうは行かない。

何故なら、午後からは殆んどバスケ部員が出て来るから。

午前は初心者をふるい落とす為のものだと思えばいい。冗談じゃないけど。そう考えるのが自然だ。

周りがバスケ部員ばかりになると、必然的に本気になるのが人だ。誰だって負けたくない。負けるのは嫌だ。負けたら恥ずかしいから。弱いと、思われるから。

スポーツはそれだけじゃないんだけどねぇ…。私にそれを語る資格は無い。



「ここまで来たら決勝まで登りたいですね」

「当たり前じゃない。何の為に今までやってきたのよ」

「せや。決勝戦行くまでは負けられへんで」

「気合い入ってんなぁ」

「あんたも負けたら許さないわよ桃城。男子テニスの部はあんたにかかってるんだから」

「分かってる」

「あはは。でも、あんまり気張らないようにね」



古沢は笑いながら桃城の肩を軽く叩く。頑張れ、と言ってるらしい。発言がどこかお母さんだね。



「あの、気になっていたことが一つあるんですが…」

「どうかした?美羽」

「えっと……どうして朔夜ちゃんって転校して来たんですか?」

「――え、」

「そういえばそうね、聞いてなかったわ」



……水野さん、貴女随分とド直球のストレート投げて来ましたね。

そして田村さんは興味を持たないで下さい頼むから。

止めてくれよ…。トラウマではないにしろ、訊かれて困る部類の話題なんですが。


どうして転校してきたか、なんて。

言えるワケ無いじゃない。



(思いっきり私情の上に、かなり周りに迷惑かけたからなぁ…)

「朔夜?」

「あー、その……家庭の事情で」



嘘ですごめんなさい。それでも言いたくないんです。

自分の為だなんて大層な理由じゃない。環境に慣れなかったなんてワケでもない。

寧ろ帝光中はバスケ強い人が沢山いたし、優しい親友もいて、結構楽しかった。

弟と一緒に行って、授業は寝て、親友とお喋りして、仲間とくだらないことで面倒くさがって、大好きなバスケして、部活が終わればコンビニ寄って何か食べて、弟と一緒に帰ってくる。

そんな生活は居心地がよくて……何度も、このままでいいかな、なんて思ったりした。それでも。

私は逃げてきたから。



(この学校を逃げ場に使ったなんて、言えない)



言いたく、ない。



「そっか、家庭の事情なんて、よくある話だよね」



空気を変えてくれたのは、古沢だった。



「それより、午後の試合のことなんだけど…」

「あ、確か午後の部最初の相手は6組でしたね」

「6組か…。あそこ、バスケ部員が4人もいるのよね……」

「勝つのはウチ等や。負けへんで」



会話の流れを変えるのに、慣れてる。

見た目はいつも通りの古沢だけど、何故だろう。どこか違う。どこが違うのか分からないけど…何で?

既に古沢は田村達と次の試合の話をしていてとても真剣だ。

違和感は拭われないまま、私は少し様子を見ることにした。



*****



お昼も食べ終わり、暫く自由時間を取ることに。

ずっと試合のことを考えててもつまんないもんね。いい気分転換になればいい。

私は体育館からそれなりに近い廊下を歩き、古沢を探していた。もしかしたら古沢にとってなんてことない行動だったとしても、さっき話を変えてくれたことに一言お礼を言いたい。

どこにいるかな。お昼を食べ終わった後携帯を見たと思ったら、いきなり急ぎ足で廊下を歩いて行ったんだけど。



「そういうことを言うのは止めてよ!」



案外早く見つかった。本人による大声によって。

すぐ近くの曲がり角に身を寄せて覗き見れば、狙い通り古沢がいた。その他にも数人女子がいる。

身長は古沢より小さいが平均よりちょっと高め。まぁ、私よりは高いかな。全員体操服を着て、バッシュを履いてる。……え、バッシュ?

球技大会の際、専用のシューズ類があれば使っていいことにはなってる。あのバッシュは正しくバスケで使う物。…いずれは相手にするかもしれないチームってか。

そんな人達と古沢がどうかしたんだろうか。険悪ムード漂ってるんですが。



「大声出さないでよ麻由加ぁ。ここ廊下なんだから響くでしょ〜?」

「時と場合を考えて大声出しなさいよ」

「誰の所為だと…!」

「え、誰?」

「何か大声出すようなこと言ったっけ?」



ニヤニヤと女子は古沢に向かって笑う。古沢は拳を握りしめて、普段とは全く違う雰囲気を漂わせながら相手を睨んだ。



「貴女達が…あたしのチームメイトをバカにしたじゃない…!」

「あははっ。なんだ、そんなこと?」

「そんなこと…!?何がそんなことなの?人をバカにしたのに、何でそんなに軽いの…!」

「アタシ等にとってその程度のことって意味よ。そんなのも分かんない?」

「アタシちょっと驚いてるんだよね〜。まさか麻由加のチームが生き残ってるなんてさぁ」

「あっ、私も!」

「初戦か2回戦でズタホロに潰れると思ってたのに。案外しぶとく生きてるじゃん」



こいつ等、対戦相手をなんだと思ってんの?

生き残ってるとか、潰れるとか、スポーツをそんな風に言うとか…精神がなっちゃいない。腐ってる。

大体、何で古沢だけを攻撃してるんだ。



「…そっちは相変わらず、勝つか負けるかでしか物事を測れないんだね。そんなんじゃ、いつか負けるよ」

「ハッ。負け犬が何言ってんのかしら。
知ってるでしょ?午後の試合に出るチームには全部3人以上バスケ部員が入ってる。アタシ等には及ばないけど…アンタよりは強いわ。一応ベンチに入ってる奴等だもの」

「知ってるよ。でも、貴女達には絶対負けない」

「無理ね。対戦表見てないの?」

「当たるとすれば決勝戦。そこまで麻由加が勝ち残るかなぁ〜?」

「ムリっしょ!」

「だって麻由加がいるもん!」

「ベンチにも入れないアンタが勝てるワケないのよ!」

「予備は予備らしく、一生負け組でいなさい!その方がお似合いだわ!!」



それを聞いた瞬間。

私の堪忍袋の尾が切れた。



「じゃあ、試してみますか?」



気付いた時には、私は麻由加と女子の間に立っていた。



「誰よ、アンタ」

「古沢麻由加のチームメイトです」

「朔夜…」



どうも、初めまして。


淡々とお辞儀もせずにそう言えば、態度が気にいらなかったようで、顔を顰めている。

でも古沢のチームメイトだと理解すれば途端に余裕を見せた。



「あっそう。麻由加のチームメイトねぇ…。
流石麻由加。随分と弱そうなチームメイトじゃない」

「こんなヒョロくて小さい子が仲間なの〜?」

「うわ、類は友を呼ぶってヤツ?」



好き放題言われてるが気にしない。

こっちは早々切れない堪忍袋が限界に達したんだよ。



「負ける犬程よく吠える…」

「はぁ?」

「対戦相手に礼の一つも無い人達なんて高が知れてますね。滑稽過ぎて鼻で笑えますよ」

「…なんですって?」

「あれ、聞こえませんでした?


プレイヤーをバカにする奴等の実力なんて虫以下だって言ったんだよ」



吐き捨てるように言えば、分かり易いくらいに怒りで顔を赤くさせる。

あはは。マジで笑えるわ。



「初心者は勿論、クズがどんだか頑張ったってクズにしかなんないのよ!!」

「他人を見下すことで自分の立場を守ってるんですか?うわぁ、ダサい。ダサ過ぎてもう救いようが無いですね」

「ちょ、ちょっと朔夜…?」



ごめん古沢。先に謝っとく。

私の所為で更にこの人達と仲悪くなったらホントごめん。

でもね。こいつ等は言っちゃいけないことを言ったんだ。


予備はずっと予備でいろ?

一生負け組で?

クズはどんなに頑張ってもクズ?


ふざけんなよ。ヘドが出る。



「一生懸命頑張って、それでも報われない人の気持ちを考えたことはありますか?大好きなことを思いっきりやりたいのに、才能の差で挫折する人の気持ちは?
どれだけ頑張っても大好きでも、やる意味を無くし無力感に囚われる人の気持ちを、あんた達は知ってるんですか?」

「何言って…」

「勝ち負けにこだわって、それでしか人を見れないあんた達に、他人をとやかく言う資格なんて無い」



こうなったら、もう後の祭り。

言えるだけ言ってしまえ。



「完全な平凡なんていない。皆何かしら特技があって才能がある。
証明してあげるよ。あんた達がバカにした古沢が、一生懸命頑張って纏め上げたチームはクズじゃないってことを」

「…そこまで言うなら精々頑張って決勝まで生き残りなさい。王者の実力を教えてあげるわ」



*****



「ごめんね古沢、溝を深める様な真似して…」

「ううん。謝るのはあたしの方。これはあたし達の問題なのに、朔夜を巻き込んじゃった」



あの後、女子達は高笑いしながら去って行った。

端から見たら、私は他人の事情に首を突っ込んだただのバカだ。ホントは、聞き耳を立てて物騒なことになる前に止めようとしてたんだが……面倒な方向に話を進めちゃったな。

無駄に冷静な部分が、私って堪忍袋とかあったんだ、と場違いな考えを浮かばせた。いや、私も疑問だけど。今はそこに焦点を当ててる場合じゃないんだよ我が脳よ。



「朔夜が怒るところ、初めて見たから驚いたよ。そんなに癇に障った?」

「うーん……うん、そうだね」

「え、てっきり否定されると思ったのに」

「しないよ、出来ない」



負け組はずっと負け組で。

クズ呼ばわりするなんてことを、私は見逃せなかった。



「……私にはね、弟がいるんだ。双子の。今は、私が元々通ってた学校に行ってて、バスケ部の一軍レギュラーをやってるんだけど」

「そうなの?凄いね。やっぱり双子はどっちもバスケの才能があったんだ」

「片割れに才能は無かったよ」

「え…?」

「運動能力はド平凡。プレイヤーとしては……こう言っちゃなんだけど、三流もいいところだった」



それに対して、私は。

1年生の身でありながら一軍入りし、流れる様にレギュラーの座を手にし、背番号は一桁の8。

才能や実力で言えば、テツヤとは正反対の存在。

片割れであるが故に、とでも言いたげな力を持っていた。



「バスケが大好きで人生を掛ける程熱中してて、それなのに才能が無かった。実力に結びつかなかった。
一時期は顧問に退部を推薦された程に、ね」



その時の表情を、私はずっと忘れない。

好きなのに味わう絶望感は果てしなくて、壊れてしまうんじゃないかと心配するくらいだった。


それと同時に知っていた。

テツヤには別の才能があるってこと。

誰にも真似出来るもんじゃない、オンリーワンとも言えるモノが。



「片割れは凄く影が薄かった。忘れられたり、驚かれるなんて当たり前。姉の私でさえ目を凝らさないと見つけられなかった」



それが、テツヤの才能。

テツヤが見つけた自分の意味。



「才能を見つけた片割れは、パスやボールカットの技術を極めることにした。結果、今では総勢100人を越える男子バスケ部の一軍レギュラーで、重要な六人目シックスマンをやってるよ」



今の場所に行くまでに、どれだけ頑張ってたか、ずっと見てきた。

血の滲む努力を続けて、挫折を繰り返して、また次があるって諦めないでやってきていた。

誰よりも……文字通り遅くまで練習して、汗をかきながら、必死にやっていた後ろ姿を知ってるから。



「許せなかったんだ。人の努力を知らずに、自分の立っている場所の足下には何人もの努力しても報われなかった人がいることを理解しないで、平気で嘲笑う奴等が」

「弟思いだね、お姉ちゃんは」

「唯一無二の双子ですから」






負けられない理由が、そこに


mae ato
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