何してるんですか?

 放課後、図書委員である俺は今日の受付の当番を終え、図書室を閉める前に少しだけ本を読んで帰ろうと、夕日が差し込みオレンジに色づいた椅子に腰掛けお気に入りのハードカバーをめくっていた。と、ふいに後ろから声をかけられ、反射的に振り向く。そこには声をかけた張本人が、優しげな笑みを浮かべ立っていた。これは俺のような人間への笑顔だ。しかし、これを笑顔と形容していいかはわからない。


 こいつは笑顔を使い分けている。信頼する人間への笑顔とそうでない人間への笑顔。使い分けと言うほど多くはないが、これを上手く活用し人の心を探っていくように見える。そこが彼の唯一怖い部分であると俺は考えた。これはくだらない妄想だが、彼の影が並外れて薄いことを利用し、他人を他人よりじっくりと見定める。そして信頼に値するのか、若しくは利用できるのかどうなのか、それを見るのではないだろうか。明らかに後者は妄想も甚だしいバカのような考えだが、彼の影が沈んだような瞳を見ると何故かそんなバカげた考えが過ぎったのだ。
一度はまさかそんな訳はあるまい、と自分で自分を諭す。どうやったらそうなるのだと、突っ込みも入れてみる。そこまで無駄に考えを巡らせてみるが、はっきり言ってみれば知ったところではない。実際、深くまで知ろうと思ったこともない。同じ部活で同じ年齢で同じ委員会で一年近く過ごしてきたにも関わらず、俺は彼のことを何も知らないのだ。一応言うが、知ろうと努力はした。ここまできたら仲良くなっておいてもいいだろうと思った。というか普通に友達がたくさん欲しかった。でも彼は、喋ろうとはしなかった。俺が質問を繰り返してもいつの間にか俺が質問されている。俺が質問していると言ってもお得意のミスディレクションで逃げるか、男子高校生として備える必要ないはずの男を落とすような笑顔でさらっと躱しにくる。おかしい話だなと自負している。とにかく何が言いたいって、こいつの笑顔はとても胡散臭いのだ。

 いつだっただろうか、黒子って真面目でいいヤツだよな、アイツを認識できて、喋ってみたことある人なら絶対そう思うんじゃね?と同じ部活の河原は言っていた。同じ部活なだけでよくもそこまで言えたものだと心の中で毒づいたことだけは覚えていた。
確かに真面目で、面倒見もよくて、優しい。いい意味で諦めが悪い。絵に描いたような誠実な男だと思う。
が、しかし本当にそうだろうか?さっきも言ったが、アイツの笑顔は胡散臭い。あの優しげな笑顔の裏に何かドス黒いものを感じる。ただの勘違いかもしれない。ていうか、ドス黒いものってなんだよ。厨二じゃあるまいし。ないない、と思いつつも自分の考えは完璧には拭えない。厨二でも何でもいい。はっきりとは言えないが、アイツが聖人君子じゃないことは確かだと思う。アイツが実際にドス黒い部分を見せたわけではないが。


何も答えず視線をもとに戻すと、無視ですか?とにこっと笑いながら近寄ってきた。本当は寄るなと言いたいが、言えない。言えない事情が今の俺にはある。

「今、これ、読んでるから」
「話かけるのは無粋でしたか」
「まーね」
「ところで、何の本ですか?」

今それとなくどっか行けって俺言わなかった?なんで話かけてくるんだよ。煩い。いちいち話し掛けてくるな。お前と話すと苛々するんだ。ムカムカする。段々と頭痛がしてくる。どうしてこんなにも気分が悪いんだろう。
お前と一日中一緒にいるあいつはこんな感情になったことはないのか思い、少しため息が出た。いや、あいつもきっと俺と似ているんだ。きっと苛々してムカムカして頭が痛くなってくるんだろう。それでたまに喧嘩をしているんだろう。
どうしたんですか?なんて心配そうな声に今度は胸が痛んだ。こいつと居ると辛くて嫌なことばかりだ。それから必死に逃げるのに、こいつはいつの間にか横に立つ。正直な話、こんなに辛くて嫌なことからは今すぐにでも離れてしまいたいのに。だが、それはできない。その理由を勿論俺は知っているが、お前やあいつはわかっているのだろうか。お前はわかっているんだろう?だからそうして笑っていられるんだろう?そしてあいつは何もわかっていないんだろう?あいつバカだしな。
俺はそう思っているから、こうやって何でもなさそうな顔をしている。気付かれてはいけないから、こうしてお前と目を合わせないようにしている。あいつに後ろめたい気持ちがないと言ったら嘘になってしまうから、なるべく口をきかないようにしている。

「…何でもいいだろ」
「教えてくれないんですね」

降旗君って意外に本好きですよね。
そう付け加え、俺の隣に腰掛けてきた。やめろ。そんなことをするから、あいつが知らない内に傷付くんだ。あいつがそうやって傷付くとお前がわかってやっていることも俺は何となくだが感づいている。お前だって、本当は俺の隣なんかに座りたいわけじゃないくせに。そんなことをするから俺はこのままお前を留めておきたいと残酷なことを考えてしまう。
俺は最近になって本を読む頻度が増えた。お前は意外といったが、本を読みはじめた理由は、こんな残酷なことを考えなくて済むようにだ。意外でも何でもない、ただの正当防衛だ。これは予想以上に効果を発揮した。本を読み、その世界観に集中していると、他のことを忘れることができた。それに前から本を読むのは嫌いではなかったから、調度いい対策なのは確かであった。しかし、本を読み終えた後やさっきのように声をかけられたりすると、ピンと張られた集中がブツリと切れてしまう。そうすると、また考える。日常の面倒くさいことも残酷なことも後ろめたさでさえも、考えてしまうのは全て、



「…これ、僕知ってます」

ほらまた、そうやって無自覚に近づく。

「恋愛ものでしたよね、クラスの女子に頼まれてリクエストを出した…好き、なんですか?」
「…だったらどうすんだよ」



本当に意外ですね、と笑うお前の横顔は世界の何よりも美しかった。




 放課後、図書室にて








編 20130120
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