月は6、梅雨と呼ばれる日本独特の時期に入ろうとしている。しかし今日は考えただけでじめじめする雨天ではなく、雲一つない晴天。ということは、とにかく太陽がジリジリと照り付けて、汗が勝手に滲み出るほど暑いということだ。風は吹いているものの、そこまで…といったところである。教室に風があまり吹き込まないので屋上ならすっげー涼しいだろ!と不服そうだった顔に期待を燃やして、勢いよく教室のドアを開けて出て行った火神君は屋上にある少しだけの日陰に座り込む。が、またもや不服そうな顔に戻った。それもそう、風は教室にいた時とそう変わらなかったのだから当然の反応だ。
そして彼は一言こう言った。
「走ったから余計あちぃ…」
バカですか。
the wind
とにかく来てしまったものは仕方がないし、時間が昼時だったものだから、どうせ屋上に行くならと昼食まで持って来たのだからここで食べていきましょうと提案したら、たまにはいいかと言ってロングBLTにかぶりついた。僕も火神君の隣でサンドイッチの封を切っていただきますと呟いた。
いつものサンドイッチを一口食べる。普段なら変わらない美味しさに安堵するところだが、この暑さに五感がバカになっているのだろうか、あまり美味しいと感じられなかった。一応バスケをしている身だから、身体はそれなりに鍛えてはいるが元が弱い身体構造なために、並より少し動ける程度だ。それに加えて、最近は練習がきつくなってきている。もしかすると夏バテの気でもあるのかもしれない。日課のバニラシェイクを一時中断しなければいけない。そう考えて、ほんのり落胆していると隣の火神君に食わねーの?と心配された。
さっき、食べはじめたばかりであったはずの火神君のロングBLTは数分たらずで、もう半分くらい減っていた。それに少なからずとも動揺していた僕を余所に、火神君は食べる手を一度止めてぼーっと空を見上げた。
「なぁ、暑い」
「もう6月ですからね」
「日本って梅雨あるだろ」
「今日は晴れてますね」
「暑い」
「さっきも聞きました。僕もです」
まだ顔を空に向けている火神君を見て、自分も何となく空を見上げる。
本当にいい天気だ。ただ静かにそよぐ風に髪を任せていると、ここだけ別の世界のように感じた。短い髪をさらい、汗ばむ肌を掠める。少しの水気を含んだシャツの隙間をすり抜けていく。なんだ、ここは教室よりも随分と快適ではないか。暑くて怠かった身体が少しだけ軽くなって、食が進む。食べかけだったサンドイッチを無理矢理押し込んで、牛乳で流し込む。ぐっと飲み込んで、息をつく頃には火神君のBLTは跡形もなくなっていた。
「火神君は食べるの早いです」
「あ?お前が遅ぇんだよ」
俺はそこまで早くねぇ、と言いながら壁に全体重をかけて食後の余韻に浸る。僕は壁から背中を離して、体育座りをしてまた空を見上げた。目にしみる眩しい青に少し眉を寄せた。そうしてまた、風が吹く。汗も髪もさらって、世界を見に行く。
「あ」
「あ?」
「ついてますよ、食べカス」
「まじ?」
どこだよ、と壁から起き上がる彼に何となくキスをした。唇についてたか?と尋ねる彼にえぇ、まぁと嘘をついた。彼はこれを嘘だとは思っていない。真実も嘘も全て風にさらわれてしまった。
了