泣き虫に愛を | ナノ



彼の頬を静かに撫でた。それは確かに温度を持っていて死んでいるわけじゃないのだと知らせる。光が差し込む病室に眠る彼は天使のようで今にもわたしの前から消えてしまいそうだ。そう言えば彼の泣く姿を見なくなったのはいつからだろう。最後に見たのは、いつだろう、思い出せない。1年生の頃の彼は泣き虫で、2年生になっても泣き虫で、でもいつしか泣いている彼を見かけなくなった。神童くんがサッカー部のキャプテンになった時は、自分の中で神童くんのことを泣き虫キャプテンなんて呼んでいた。それなのに、いつの間に彼はこんなに強くなったのだろう。人は気が付かないうちに成長するもんだと言っていた先生は正しかったのか。
ナントカカントカーに楯突いた神童くんをキャプテンとするサッカー部はいっきに有名になった。そのお陰もあってか、わたしの周りの友人もサッカー部を応援したりキャッキャ言ったりで忙しそうだ。今頃、神童くんを思う子は心配で心配で倒れてしまうんじゃないか。もしかしたらもう倒れてしまったかもしれない。彼は、神童くんは、こんなにも思われていることを知っているのだろうか。わたしの友人は神童くんが入院したと知ったその日にはもう泣きじゃくりながら授業を受けていたし、神童くんのことが大好きだと言っていた隣のクラスの田中さんも泣きながら廊下を歩いていた。きっと神童くんはそれを知らない。何も知らない神童くん。


「神童くん、神童くんは、何も知らないんだね。もしかして数学の先生が結婚したことも知らないのかな。先生、すごく嬉しそうだった。わたしの友達は神童くんがいないから泣いてたよ。隣のクラスの田中さんもすごい泣いてた。サッカー部も、何だかごたごたしてるって。新しいキャプテンになった松風くんはどうすれば良いのか分からないって。わたしの友達がそう言ってた。わたし、サッカー部のことはよく分からないけど友達がサッカー部のこと応援してるから少しだけ分かるんだ。サッカー部のことは友達よりも神童くんよりも、全然詳しくないけど、多分みんな神童くんに戻ってきて欲しいって思ってる」


ベッドの側に置かれている花の甘ったるい香りが鼻の奥を刺激する。ゆっくり瞬きをすると何かが頬に触れた。すぐに泣いているのだと気付いたけど可笑しいな。瞼を開くとそこには眠っている神童くんはいなくてその代わりに優しく笑う彼がいて喉が詰まった。


「久しぶりだな。どうしてここに?」
「え、あ うん、知り合いのお見舞いの、ついで」
「ついで、か。学校のこと教えてくれてありがとう。みんな気を遣ってか世間話くらいしかしないんだ」
「…そうなの」
「ああ」


彼はまた優しく笑う。退院はいつするのかと問えばそれは分からないと答えた。


「神童くん、神童くんがいない学校はつまらないよ」


神童くんは目を少しだけ開いて、そうか、とだけ微笑み返した。
彼のいない教室はどこか寂しげで彼の席を見ていると心にぽっかりと大きな穴が空いている事をなんども思い知らされる。きっとわたしも泣きながら授業を受けたり、廊下を歩いたりはしないけど友人みたいに、田中さんみたいに神童くんの帰りを待っているんだ。神童くんが前みたいにサッカーをする日が少しでも早く来るように、心のそこから願ってる。


title/自慰

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -