ダンスパーティ、というワードに、マークはあからさまに怪訝な顔を示した。

「マークも誘われてたよね?ジェフに。今週末」
「…あいつにクラブの練習が無いと言ってしまったからな……」

少しの横暴さで知られる彼は、ここらの地域では大層な富豪の家の息子で有名だ。毎晩のようにパーティが開かれ、政治家や芸能人などのすごい人たちと繋がりがあるのではないかと噂にもなっている。そんな人間が何故私たち一般人を、というのは、単に彼の顕示欲だったり見栄の為だったりする。友人が多いことがそんなに偉いことなのかと疑問に思うが、お金持ちはやたらと自分の周りに人が多いことで愉悦に浸るものだ。それは、彼を通して散々見てきた。今回もその例に外れず、彼の為に開かれるパーティへの人集めの一環なのだろう、私たちを招待したのも。
マークは整った顔立ちをしている割に、そういった浮いた遊びを好まない。サッカー一筋で、三度の飯よりサッカーが好きという「物好き」である。それがまた異性から高評価されるのだが。イケメンというのは何をしても許されるんだなぁ、と渋るマークを前に黙々と思考する。

「私、アメリカのパーティのマナーとかよく知らないんだけど、行っていいのかな?」
「お前が何か粗相をしたら、オレの幼馴染ってことで許しを乞うさ」
「えっ、そんな恥ずかしいことさせないから!」

たかが子供が主催のパーティだ、と侮ってはいけないのかもしれない。不安げにマークを見つめると、マークは軽く笑って、「もっとも、オレはジェフよりお行儀の悪い人間を見たことがないがな」とジョークを言って肩をすぼませた。






やはり人脈が広いのか、パーティには学校で見かけたことのある多くの見知った顔が揃っていた。中には同年代でも知らない顔があって、塾かなんかの友達だろうと勝手に納得した。結構大人もいる。
何を着ていけばいいのか分からなくて、結局いつもより少しお洒落をした格好になったが、それで良かったらしい、周囲は私と似た服を着た人間で溢れていた。先に来ていたマークが、ディランと共に私の元へ来る。

「知らなかったんだが、これはあいつの誕生日パーティのようだ」
「マーク知らなかったの?ミーは知ってたけどねー。やあ!」
「こんばんはディラン。楽しんでる?」
「もちろんさ!」

ディランはマークとは違ってこういったお祭りごとに楽しみを覚えるみたいだ。「なんてったって、美味しいものがたくさん食べられるからね!」……前言撤回。

「それにしても、音が大きくてなかなか声が響きにくいね」
「そうだな。あまり離れない方が…」

ぐい、と右腕を掴まれた。驚いて後ろを振り返ると、今晩のパーティの主役がにっこり笑って立っている。「こんばんはジェフ、ハッピーバースデー」さっきディランが誕生パーティと言ってたので間違ったことは言っていないはず、私の腕を掴んだ彼は「Thank you.」と嬉しそうに返事をした。良かった、失礼がないようだ。

「君が僕のパーティに来るのは初めてだよね?だからお父さんに紹介したいんだ、ついてきて」
「だったらオレも、」
「あぁ君はいいよ、マーク。君に会いたがっている人がいるからそっちをあとで案内するよ。ディランもね」
「え、っと…ま、マーク」
「……」
「すぐ戻るから」

私の言葉はちゃんと聞こえただろうか、そんなことを確認する間もなく、私は人ごみの中に消えていった。






彼は私を紹介し終えると、長い廊下に出てふうと息を吐いた。あんなに大きかった音楽が耳からすっかり剥がれ落ちたように静かだ。防音設備がしっかりした大部屋があるなんて、やはり彼は富豪の家の子なんだなぁと感心する。

「疲れたよね、ちょっと一休みしよう」
「ありがとう。でも私…」
「君にお願いがあるんだ。聞いてくれる?」

私の話を聞こうとしないで、彼は性急な面持ちで告げた。落ち着き払った声と対照的な顔つきに、私は一抹の不安を覚える。こんな時、マークだったら軽いジョークの一つでも言って笑わせてくれるのに、と比較してしまう。そうやって人と人とを比べる思考はいけないことだってお母さんに教えてもらったのに、私の胸の中を渦巻く不安がそれにブレーキをかけてはくれない。色々と考えている間に、彼も言いたいことがまとまったのか、さっきよりも幾分か興奮した状態であった。

「君を僕のガールフレンドにしたい」
「えっ…?」
「恋人よりもフラットな関係でいい。たまに夜を共にするくらいで」
「なっ、なんで……!」
「――だって」

「色んな国の女の子と付き合ってるって、すごくクールなことじゃないか」つまり、彼は見栄の為に、私を利用したいということか。自身の愉悦の為に。

「いいだろ?君に迷惑はかけないよ」
「……嫌だ」
「どうして?みんな君を羨ましがるぞ。僕と付き合ってるってことは、お金持ちの仲間入りも同然さ」
「私はお金持ちになんかなりたくない!」

ジェフは意外と短気だった、彼の顔はみるみるうちに険しくなっていって、私への怒りの感情を惜しむことなく宛がい始めた。怖いが、ここで彼に従ってしまっては私の為にならない。けれど、男女じゃ力の差がありすぎる。抵抗もむなしく、いとも簡単に腕を拘束され、綺麗な形をした歯列の奥から、忌々しそうに吐き捨てられる。

「僕と付き合ってくれるよな?」

彼に腕を掴まれた時と同じくらい、一瞬のことだった。私の自由を奪った相手は「いい加減にしろ!」という声に殴られたかのごとくはねのけられ、床に盛大に尻餅をついた。痛みで呻く彼も見えず、突如現れた背中に隠される。

「おっ…前は」
「オレの幼馴染になんの用だ」
「君に言う義理は無いね」
「それじゃ、オレがお前とこいつとの間に割って入るのもおかしくないな」

ぐ、と声を詰まらせたジェフに目もくれず、振り返って私の乱れた髪を直してくれた。

「マーク」

帰らせてもらう、と言った彼の声音はノーを言わせぬ雰囲気をまとっていた。若干悔しそうに見えたジェフの瞳は私を見つめていたが、それに返してやりはしなかった。未だ床に尻をつけたままの彼の横を通り過ぎて、広々とした玄関ホールに向かう。今度私の腕を掴む手は優しかった。






「ごめんね、危機感なくて」
「いや、正直オレも予想していなかった」

ディランが、部屋から出ていく私たちの姿を目撃していたので、それがマークに速やかに知らされただけのことだった。それでも、ディランには多大な感謝をするべきだ。マークが来なかったらと思うと、その後が恐ろしく感じられる。
夜でも人通りのある道を進んで、マークはまだ腕を離さなかった。追ってくるはずがないのに、マークは心配性だ。慎重だとも言える。

「オレもお前も、もうあいつのパーティには絶対に行かないからな」
「当然だよ、絶対行きたくない」
「だが……本当に良かった」

呟いたその言葉には力がこもっていた。ふっと緩められたマークの手は、そのままなぞるように私の腕を滑り、自分の指を私の指に絡め合わせる。びっくりして思わず手を引こうとするが、マークの力が強くてかなわない。反対に、その強い力でマークの横に並ばされて、心臓はどくどくとうるさく鳴り出した。

「マーク、どうしたの急に」
「昔から放っとけない奴だな、お前は」
「え、う、うん。ごめん」
「……そうじゃない」
「え?」

後に、私は後悔したのである。この時、マークの顔を覗きこもうとさえしなければ、平穏な日常に戻れたというのに。好奇心を犠牲に、私は私の中に新しい感情を呼び起こしてしまったのだ。

「好きだ」


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