周りには手の早い奴だと思われているらしい。外見からそう判断されるようだが、そう言うのは彼と話したことのない遠巻きの女の子たちだけだ。彼と接触のある人たちはみんな言う、「佐久間は彼女を大切にする人だ」と。

「…じろうくん」

横に座ってみても何の反応も示さない彼氏の名前を呟いて顔を窺う、しかし彼はこちらを一瞬でも見ず、視線を下に落として手を動かすだけだ。今いる場所が自分の部屋だからってリラックスしているのか。彼女が隣にいるというのに何の気も起こさないのはいささか理解しがたい現実である。別に手を出して欲しいわけではないが、変に緊張して来た私が馬鹿みたいだ。

「佐久間次郎!返事しなさい!」

「…何だよ」彼はようやくこちらを見た。私の声に今気付いたとでもいうように怪訝な顔を向ける。イヤホンも何もしていないのになぁ。耳掃除を、してあげたい。彼はペンを持ったままだ。

「私は佐久間くんの彼女だよね?」
「それがどうした」
「…ここは?」
「オレの部屋」
「…で?」
「は?」

カ・タ・ブ・ツ!としか言いようがない!源田くんもなかなかの堅い人だと思うが、彼もいい線までいっている。は?と返ってくるとは。わざとなのか本当に分かっていないのか。彼の場合は、彼がサッカー部の参謀役であるためどちらが正しいのか分からない。先が読めるし裏をかくのが巧いしおまけに、私を彼女としている以上私のことは多分よく知っている。私の今の問いかけの中にどのような意味が隠されているかなんてもう分かってしまったかもしれない。それでも目の前の表情は変わらない。顔の距離が近いのは私が彼の隣に座っているせいだ。距離が近くなればなるほど彼の顔の綺麗さがひしひしと伝わってくるのだから、全く世間とは非情なものである。

「……はぁ。勉強頑張ろうね」

彼のことだ、ここで「あぁ」とか短いこと言ってまた机に顔を戻すのだろう、しかし…私の予想は大きく外れた。「――待った」右隣にいた彼の左腕が、私を抱き込むようにして左肩に触れて、えっ、と顔を彼に振った時に、唇に力強いものが押し当てられた。え?

「んん…!っん、さく、」
「ふ、は」

彼が笑った時にすぐに顔を離して、少し乱れた呼吸を整える。危な…というか今、彼は何をした?「オレは初めてだったんだが、お前もどうやらそうみたいだな」キ、ス?されたの私?彼の右手を盗み見れば、いつの間にかペンはテーブルを転がっている。あれ。彼に視線を戻せば、私を見つめるオレンジブラウンの双眼と目が合った。あ、あぁ、そうか彼って…

「柔らかいな、お前の唇。くせになりそうだ」

牙を隠した獣だったのか。

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