不穏な動きが見えてきた。何故か、命知らずなのか馬鹿なのか、団地に国会議員がよく出没するようになったのだ。国民は憎しみを抱くとともに、恐れを抱く。やはり、以前の国会議員のように馬鹿ではない、黒く光る小さな武器を手に収めている。まだ死者は出ていないが、団地は常に緊張状態にある。なので、自分の身を守る為にも、外へは出られない、彼のフラストレーションは溜まっていく。八つ当たりをするようになった。これも反抗期に入ったからなのか、微妙なところである。

「出る!」

そのうち、彼はそう言って玄関まで行くことが多くなった。血の気が多くなっていて、更に男女の差も相まって、力ではもう勝てない。彼は、今にもその体から鉱石を出しそうな程に赤々と沸騰していた。
しかし彼は玄関前で止まる。しばらくそこに立ち尽くすと、沈黙を決め込んで部屋へと帰ってくる。首を傾げて呆けた顔をするわたしに、彼はぽつ、と洩言した。

「お前を守るって約束したからな」

彼は、わたしのたった一人の家族。






しばらくすると、外にちらほら、国民の姿が見受けられるようになった。国会議員が現れなくなったらしい。小さな子供も背中にボンベを背負って団地の前を駆けている。彼はそれを見るとわたしに振り返った。

「いいよ」

彼は靴を手に掴んで飛び出していった。彼の瞬発力に吃驚する。いつからあんなに速く走るようになったのだろう。わたしの知らないところで、彼は静かに成長している。






彼は広い空き地に来た。自分しか知らない秘密基地から愛用のサッカーボールを持ち出して、友達のいない彼は一人で遊ぶのだ。しかし、彼は友達を欲しいと思ったことなど無い。一緒に住む彼女だけで十分だった。ボールを手から離し、壁に蹴る。

パパとママは?

自分の前をせわしなさそうに過ぎる大人に乾ききった目を向けていた時、右から歩いて来た女に声をかけられた。女は当時の彼女であった。

もしかして一人なの?

彼女は、彼の頬の煤を指で擦り落とした。そして返答を待ってしゃがみ込む。それでも座ってた彼に目線は合わず、上から見下ろされる形となった。

じゃあ、わたしと暮らそうか

彼女は己から彼の手を掴もうとはしなかった。彼からの返事を尊重する姿勢であったようで、それでも彼を連れて行きそうな雰囲気があった。彼は空腹に身を委ねながら、まだ真新しい脳で考察した。やがて彼女の手を握った。彼女はゆったり笑みを浮かべると、彼を立たせ一緒に歩き出した。彼の人生はそこから始まったのだ。

ボールが自分の遥か右を過ぎて転がっていく。我に返ってそれを追いかけた。過去を振り返るのはけして悪いことじゃない。彼女と出会った過去があるから、今自分はこうして感情豊かに生きているのだ。次第に、自分を生んだのは彼女なのだと思うようになった。

刹那、彼の前を塞ぐ人影を視認して足を止めた。下向きだった彼の視線は、その姿が何かを知るために、ゆっくり上に上がっていく。そうして顔を見た後、彼は転がるボールとは正反対に駆け出そうとした。全速力で、誰にも負けないくらいの速さで。

殺される。

彼の頭内は真っ赤なランプを辺りに誇示していた。声をかけられて怯んだ隙に、その男――国民の敵である国という存在――は胸元からあの黒い凶器を取り出した。逃げても無駄なことが、黒く空いた穴から告げられているようだった。

彼は男に従わざるを得なかった。

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