その子たちはきまってそこに現れた。三人で、辺りは既に真っ暗な十一時の夜。私は仕事帰り、十一時にその公園の前を通る。するときまってそこに現れるのだ。三人で何か下の方を見て足を、右足を前後に動かしている。彼らを見つけて一ヶ月の間は、それがサッカーをしている動作だと分からなかった。何故一ヶ月もかかったのかというと、その動作を私自身あまり意識していなかったことと、私がサッカーを好きでなかったことに起因している。一ヶ月たって、何かを蹴る音がしたからサッカーだと分かった具合だ。三ヶ月たっても、彼らはやはり十一時にそこにいた。楽しそうに声をあげるでもなく静かに、黙ってボールを蹴っている。そして、彼らを見るのは毎日ではなく、月曜と水曜と金曜だった。その週三日の、決められた曜日の決められた時間に彼らは仕事帰りの私の目に映る。何故深夜なのか。






図書館に行く機会が出来て、私は少し遠くの大きな図書館に行くことにした。職業柄色々と調べなければいけないことや、興味のある本なんかも読みたくて、その日は一日本の虫になりたいと願っていたから開館時間から閉館時間までずっと本を読みふけっていた。閉館時間は十時で、電車も空いている時間帯、座ると眠ってしまうのでずっと吊革に掴まって立っていた。肩にかかる本の重みが嬉しいやら苦しいやら。駅に着くと十時三十分だった。自転車は使わない主義の私は、片道十五分の家まで徒歩で進む。途中蒟蒻ゼリーが食べたくなってコンビニで一袋買った。葡萄の方が味がしっかりしていて好きだ。ピーチは、あまり好きでない。

あの公園にさしかかると、見慣れた背が見えた。急いで腕時計を確認すると、十一時。彼らだ。今日も三人だった。黙ってパスをする三人に、この時何故か興味が沸いた。時間は十一時なのだ、帰って風呂に入って明日臨時休みなのをいいことに徹夜で借りてきた本に没頭してコーヒーと蒟蒻ゼリーを食す予定だというのに、私は若返った気分になって公園に足を踏み入れた。砂のぼたった重い音がする。
ベンチに腰を下ろし、彼らの耳に入らない程度に息を殺し、吸って吐いた。街灯は点いておらず本当に闇の中にいる錯覚に陥りそうになり彼らを凝視する。よく見れば随分と幼かった。小学生か中学生。しかも着ているものが普通の服ではない。ユニフォーム、彼らの身に纏っている衣服はそう言われる類のものであった。しかも変だ。今は夏も終わり少し肌寒い九月中旬だというのに、一人は腕を出している。よくよく見れば、半袖仕様なのを更に捲ってタンクトップのようにした子だ。他の二人はちゃんと長袖なのに対しそれは寒い格好だと喫驚せざるをえない。そもそも、こんな時間にいることがおかしい。こどもにとってはれっきとした深夜だ。外に遊びに行かせるのではなく、就寝を促さなければいけない時間帯にも関わらず、彼らは極々普通に外遊びをしている。まさか家を追い出されていたり虐待を受けていたりする子たちなのかもしれない。そうなんだとしたら、ここで呑気に彼らの遊びを見ているわけにもいかないのだが、私は不思議と違う気がしていた。彼らは自分の意志でここにいるのではないか、彼らには――“いない”のではないか。そう考えが至った瞬間、私の 中にある種の疑念が渦巻く。彼らは一体ナニモノなのだ?偶然右手がビニール袋を掠り音を立てた。三人がパスをやめる。しまったと冷や汗をかいて、動かした右手とビニールを恨んだ。が、こちらを向くと思われた三人は、さっきと変わらずボールを蹴り始めた。小さく安堵の息を漏らす。私は話し上手な方ではない。今の音で三人がこちらを向いたなら、私は泥棒のような反応と回りくどい物言いで接触を回避していたに違いない。事務の仕事が適さない私には、手に職をつけるしか道はなかった。音を立てないよう、静かに腰を上げ慎重に砂の上を渡り歩くと、私は肩を縮こまらせ、そそくさと家に帰った。






彼らのことが近所の話題になったり、ニュースなんかで取り上げられたりすることはなかった。近所に至っては、気づいているのか分からなくて、私の方から彼らの話題をふっても良かったのだが、話し上手でない私には、その話題をふって話を展開させていくなどという高度なことは出来そうもなかった。だから黙っていた。誰かが三人に気づいたなら、はす向かいに住まう噂好きな主婦によって私の耳にも入ってくるはずだ。そう考えてずっと私の頭の中に彼らを置いていたのだが、一向に彼らのことが流れて来ない。二つ隣の奥さんが浮気しているだの、斜め前に住む人は夢遊病で夜な夜な外を徘徊してるだの、どうでもいい噂ばかりで、私は飽き飽きしていた。それからも彼らが噂となって耳に入ってくることはなかったのだが。いつもの会社帰り、あの公園にさしかかると、ボールの音が聞こえて、私は足を止めた。彼らだった。久しぶりに見た気がして思わず顔がほころび、親近感まで沸いていた。以前と同じくベンチに座り、彼らを遠巻きに眺める。前と同じユニフォームを着て、前と変わらず静かにサッカーをしていた。サッカーで思い出したのだが、近頃サッカーでの学校 破壊が頻繁に起きている、とよくニュースで報じられている。何でも宇宙人がやってきたとかで、サッカー勝負をして勝てなかった中学校をサッカーボールで破壊するという非人道的なことをやってのけているらしく、テレビでその宇宙人を見た時容姿が中学生だったことに驚きを隠せなかったのを明確に記憶している。サッカーで世界征服とは、宇宙人もユーモラスなことをするもんだ、と言ったら職場で酷く責められた。私にはそんなに危機感がなかった。宇宙人がこの世にはびこったらはびこったで、今の退屈な日常を変えてくれるのではないかと淡い期待があったからだと思う。毎日の同じことの繰り返し、そのサイクルを変えてくれる何かを求めていたのだ。目の前でサッカーをする彼らも、私の日常の一部になりかけていた。学校破壊をするのは良くないが、それでも新しい刺激としか私の目に映っていない宇宙人に、非日常を期待するのはあながち間違っていないだろうと思った。公園でサッカーをする彼らが私と話さえすれば非日常だが、彼らから話しかけてきたりはせず、私も、今のまま保ち続ける方が得策だろうと漠然と思っていた。何より私は話し下手なのだ 。彼らは本当に何も話さない。口を噤んだまま、パスをする。それでボールがどこかにいくことがないのだから、声で合図しなくてもお互いに分かっているのだ。以心伝心出来るというのは、彼らが仲のいい証拠。羨ましいと思った。






非日常に憧れる、とは何とも幼稚で愚かな行動だ。成人式を三年前に終わらせた私の精神年齢は一体何歳なのだろうか。漫画的な展開が起きることを期待する私は、世界中の二十三歳の誰よりも若いと思う。

水曜日の今日、私は何も考えずに公園に寄った。月曜と水曜、そして金曜の夜の十一時は、私の生活の中で完全に「娯楽」と化していた。彼らのことは未だ何一つ分かっちゃいないが、何も分からないからこそミステリアスさが増して非日常っぽい。だから、私には彼らが一体何者なのか知らなくても気にならなかった。ただいつものようにサッカーをする彼らを眺めていたい。
しかし今日は違った。思えば今日が初めてだった。三人いると思われたのが、二人しかいなかったのだ。袖を捲った子と、頭が特徴的な子。もう一人の大人しそうな子は、今日はいなかった。初めてだった。何故?喧嘩でもしたのか、三人は仲間割れしやすい。でも今の今まで普通に三人でサッカーしてたのだ、非日常に非日常が重なり私は嬉しがるどころか少し動揺する。何かあったのか、病気でもしたのか、失恋したのか、色んな思いが錯綜する。仲間割れは悲しい、その場合であれば私が一緒にサッカーしてあげたいが、話し下手でサッカーをやったことのない私と何の練習が出来るというのだ。助けてやりたい気持ちは山々だが、向こうに逆に迷惑がかかるだろう。きっと仲間割れじゃないと確信する。二人がボールを蹴る足を止めた。そして、あろうことか私の顔を見たのだ。少し遠くてよく分からないが、二人は確かにこちらを見ている。息が詰まって、私も二人を見続けた。二人はゆっくりこちらに歩いて来た。こんなことは初めてで、私はベンチから立ち上がった。私の眼前に立った二人は、申し分ない顔立ちをしていて、つまりイケメンだった。しばらく向き合ったままお 互い黙り込んでいたのだが、ついに袖を捲った子が口を開いた。

「来ないか」
「…え?」
「私たちと一緒に」

どこに?なんて考えの浅いことは言えなかった。二人の空気がそんな愚問を許しはしなかった。きっと日本のどこか、それよりも。彼らは、私がずっと前から見ていることに気付いていたのか。
彼らは少しも目を外すことなく私を見つめていた。こんな深夜なのに、顔がよく見えるのが不思議で、来ないか、という言葉も不思議に思えた。しかし、私はこの時何故か“日常”が堪らなく愛おしくなってしまって、何とも生真面目で変な答えを返してしまったのだ。

「……明日も仕事あるから、無理、かな」

目の前の二人は表情も態度も変えずただ一言、「…そうか」と言った。そして私の前を静かに去っていった。私は何故だか、彼らはもう二度とここに現れないと分かった。それと同時に、非日常が再び遠くかけ離れたものとなったのをひしひしと心に感じ虚しくなった。あれほど望んでいた非日常を自ら手離した。後に残るものは、空腹と虚無感だけであった。
ただ一つ、それまで興味のなかったサッカーが好きになったことだけが、非日常さを帯びて私の中にことりと転がった。


 
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